日本におけるクマ被害深刻化:過去最多の死者と自衛隊派遣の波紋

日本各地でクマによる被害が深刻化しており、2025年度の死者数は過去最多を更新しています。特に秋田県では事態を重く見て、異例の自衛隊派遣を要請しました。しかし、自衛隊の活動は「駆除」ではなく「後方支援」に限定されており、その実効性や適切性について疑問の声が上がっています。本記事では、過去最悪の状況に直面するクマ被害の実態と、自衛隊派遣の背景、そして専門家の見解を深く掘り下げていきます。

クマ被害の深刻化:過去最多を更新する犠牲者数

環境省の発表によると、2025年11月5日現在、クマによる死者数は13人に達し、過去最多を更新しました。クマの捕殺数も同年9月末までに5,983頭となり、昨年度の5,136頭を大きく上回っています。にもかかわらず、クマによる被害は増加の一途をたどり、地域住民の安全が脅かされる状況が続いています。このような切迫した状況を受け、特に被害の大きい秋田県は、ついに自衛隊に災害派遣を要請するに至りました。

自衛隊派遣の真相:駆除ではなく後方支援に限定

本来、自衛隊は「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つことを使命とし、国民の生命・財産とわが国の領土、領海、領空を守り抜く」組織です。災害時においてもその活動は多岐にわたりますが、今回のクマ対応は従来とは異なる様相を呈しています。

秋田県の要請を受けて11月5日から鹿角市で支援活動を開始した自衛隊ですが、その実態は地元ハンターの後方支援に留まっていると報じられています。翌日、小泉進次郎防衛相はテレビ番組で、秋田県の知事から「駆除」の要請は来ていないと説明しました。防衛相は、元自衛官である鈴木知事が、自衛隊がクマや鳥獣に対する「射撃訓練」を行っていないことを熟知していると述べ、その上で次のように語りました。

小泉防衛相は、「万が一を考えたときに、銃もしくはナイフを携行してクマを仕留めることができたらいいんですけど、そうじゃなかった場合に手負いのクマほど危険なものはない」と指摘。自衛隊の役割として、猟友会と相談した結果、「クマスプレーなどで、いかに距離を取りながら対応するかが、自衛隊としてやるべきことではないか」との見解を示しました。この発言は、自衛隊が直接的なクマの駆除活動を行わない方針を明確にするものでした。

警戒しながら人里に現れたツキノワグマ警戒しながら人里に現れたツキノワグマ

専門家の見解:政治的パフォーマンスと箱罠の効果

自衛隊がクマスプレーでの対応を「やるべきこと」とすることに対し、クマの生態に詳しい岩手大学農学部の山内貴義准教授は疑問を呈しています。山内准教授は、「政治的パフォーマンスにすぎないのではないかと訝しんでしまいます。クマが政治利用されなければいいなと思いますね」と述べ、自衛隊の役割の限定性に対して懐疑的な見方を示しました。

銃を持たない自衛隊が箱罠の運搬や設置といった後方支援を担当することについても、山内准教授は「それすら役に立たない可能性がある」と指摘します。後方支援という言葉は聞こえが良いものの、現場で自衛隊に指示を出せるのは限られたベテランハンターのみであり、罠の運搬だけであれば、必ずしも自衛隊である必要はないのではないかという意見です。さらに、クマを罠で捕獲すること自体が非常に難しい現実があります。

山内准教授は具体的な事例を挙げてその難しさを説明しています。同年7月4日、岩手県北上市でクマに襲われた人が亡くなった際、集落にはクマの行動予測に基づいて10基ほどの罠が設置され、様々な餌が試されました。しかし、8日間もの間、クマは全く罠にかかることはありませんでした。最終的に、クマは11日に民家の倉庫で米を食べているところをハンターによって駆除されたといいます。この事例からも、銃器を使用できない状況下で罠だけに頼ることの限界が浮き彫りになります。

結論:対策の限界と今後の課題

クマによる被害が過去最悪の状況を迎え、自衛隊が派遣されるという異例の事態に発展しました。しかし、自衛隊の活動が後方支援に限定され、専門家からはその実効性に疑問が投げかけられています。猟友会の高齢化が進む中、クマの駆除や捕獲における人手不足は深刻であり、現状の対策では住民の安全を確保することが難しい現実があります。今後、政府や自治体は、より効果的なクマ対策を検討し、専門家の知見を取り入れながら、抜本的な解決策を講じることが喫緊の課題となっています。