安倍元首相銃撃事件公判:山上被告の”異様な執念”が生んだ改造銃の全貌

「戦後史において前例を見ない、極めて重大な結果・社会的反響をもたらした」—。3年以上の時を経てまとめられた冒頭陳述で、検察側は、安倍晋三元首相銃撃事件をこう評しました。2022年7月に奈良市で発生したこの衝撃的な事件で、殺人罪などに問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判が現在進行中です。公判では、山上被告が凶行に至るまでに費やした「武器製造」への異様なまでの執念と、その自作銃器の恐るべき実態が改めて浮き彫りになっています。

裁判で明らかにされた「武器製造」への執念

山上被告がただ一人で銃器の密造をやり遂げたという事実は、日本の戦後史において前例がないとされています。1970年代に極左テロが相次いだ際にも手製爆弾の製造法が流布し、鉄パイプが凶器として使われることはありましたが、これほどまでに洗練された銃器を個人が自作したケースはありませんでした。

事件当日、2022年7月8日に山上被告の自宅を家宅捜索した警察官は、11月5日に奈良地裁で開かれた第5回公判で、その現場の様子を「テロリストのアジトのように感じた」と証言しました。捜索は、爆発物の可能性を考慮し、周辺住民の退避や防護服を着た機動隊員が先行するなど厳戒態勢で行われました。警察官の証言によると、自宅は銃を密造するための万力やハンドドリル、さらには火薬類が散乱し、足の踏み場もない状態だったといいます。この証言から、山上被告の武器製造にかける異常な集中と、その作業環境の一端がうかがえます。

安倍元首相銃撃事件の公判で明らかになった山上徹也被告の自宅から押収された改造銃安倍元首相銃撃事件の公判で明らかになった山上徹也被告の自宅から押収された改造銃

殺傷能力極めて高い「改造銃」の威力

公判では、山上被告が犯行に使用した「改造銃」の驚異的な威力も明らかにされました。警察官の証言によると、銃身が二つあるその銃から発射された弾丸は、厚さ4ミリのベニヤ板を4枚も貫通するほどの殺傷能力を持っていました。

検察側の冒頭陳述によれば、山上被告は演説中の安倍氏からわずか約5.3メートルという至近距離から銃を発射。2発の散弾からは計12発の金属製弾丸が放たれ、そのうち2発が安倍氏の左上腕部と右前頸部に命中し、さらに3発が前頸部と前胸部をかすめました。これらの銃創が原因で、安倍氏はほぼ即死に近い状態で亡くなったとされています。山上被告は、このように極めて高い殺傷能力を持つ改造銃を、自宅でなんと10丁も製造していたことが公判で判明しました。犯行に使われたのは2つの銃身を持つ改造銃でしたが、自宅からは9つの銃身がある改造銃も押収されています。これらは金属製パイプを銃身にしたもので、口径は12.5ミリから22ミリと様々ですが、いずれも狙撃による安倍氏の死という結果から明らかなように、威力と精度は相当なものでした。

自宅での「火薬製造」:困難を極めた単独犯行

さらに驚くべきは、山上被告が改造銃だけでなく、弾丸の発射に不可欠な火薬までをも自作していたことです。検察側の冒頭陳述によると、彼はインターネット通販で原料を購入し、アパートに持ち込みました。そこで電子はかりを用いて正確に計量し、混合した原料を粒状に加工・乾燥させるという手間のかかる工程を経て、合計2キログラムを超える約2251.22グラムもの黒色火薬を製造していたのです。

このような火薬の製造は専門的な知識と設備を要するため、単独での実施は「相当困難」であるとされています。しかし、山上被告はその困難を乗り越え、自身の計画を遂行するための全ての武器を、人目を避けて自宅で完成させていました。

事件の動機や背景については様々な議論がありますが、今回の公判で明らかになった山上被告の武器製造に対する執念と、その自作兵器の恐るべき殺傷能力は、改めて事件の重大性と社会に与えた深い衝撃を浮き彫りにしています。この前例のない単独犯行の全貌解明は、日本の安全保障と社会のあり方に深く問いかけるものとなるでしょう。