宮城県出身の樫山泰男さん(73)は、60代で妻と共に東京へ移り住み、現在では大手銀行寮の管理人として活躍しています。樫山さんが故郷を離れ、東京での新生活を決意した背景には、東日本大震災による職場の喪失、勤務先の保養所閉鎖、そして4人の子育てが一段落したことが挙げられます。特に、子どもたちが実家を離れて首都圏に住むようになったことは、夫婦の生活に大きな変化をもたらしました。
震災と子育て終了が促した「東京移住」
東日本大震災は、樫山さんの人生に大きな転機をもたらしました。震災前後から4人の子どもたちが相次いで首都圏で暮らすようになり、夫婦二人の生活が始まった家は以前とは打って変わって静かになりました。この変化は、夫婦関係にも影響を与え、「子はかすがい」という言葉が示すように、夫婦間の会話が減ってしまったと樫山さんは振り返ります。
2022年10月に家族で撮影された樫山さん
妻も子どもたちの近くにいたいという意向が強く、自然と東京への移住話が進んでいきました。もちろん、東京での生活に不安が全くなかったわけではありませんが、夫婦ともに「新たな生活を始めたい」という強い思いで一致していたといいます。この決断が、樫山さん夫婦のセカンドキャリアの幕開けとなりました。
東中野で実現した「家賃ゼロ」のセカンドキャリア
樫山さん自身は、地元宮城の商業科高校を卒業後、3年間都内の証券会社に勤務した経験があり、東京に多少の土地勘がありました。埼玉県越谷市から東京・茅場町まで通勤していた過去を持つ樫山さんに対し、妻は東京に遊びに来ることはあっても、住んだ経験はありませんでした。
住宅ローンの残りを払い終えるため、費用を抑えながら働ける都内の仕事を探していたところ、大手銀行系の国際投信寮の管理人という仕事に出会いました。この寮は東中野の近くに位置し、家族向け、単身向け、独身向けの部屋がある大規模な施設です。この職に就いたことで、樫山さん夫婦は新たな生活の基盤を築くことができました。
イギリスを訪れ、娘家族と過ごす樫山さん
東日本大震災、職場の閉鎖、そして子育ての終了という複数の要因が重なり、60代で新たなキャリアと生活の場を東京に求めた樫山さん夫婦。彼らの決断は、シニア世代が直面するライフスタイルの変化と、それを乗り越えて前向きに挑戦する姿を示しています。新たな環境での「家賃ゼロ」の生活は、これまでの経験と家族への思いが実を結んだ結果と言えるでしょう。





