音楽を愛する家庭で育ち、介護の仕事に就いていた青木駿さん（仮名、59歳）は、脳の疾患と手術、そして高次脳機能障害という診断を経て、職を失いました。その後、社会とのつながりを失い、3年間もの間ひきこもり状態に陥ってしまいます。本記事では、彼がいかにして社会から孤立し、身体的・精神的な困難に直面していったのかを追います。
脳疾患と高次脳機能障害、そして職を失うまで
青木さんは59歳。音楽が好きな家庭で育ち、結婚して子どもにも恵まれ、介護の仕事に就いていました。しかし、ある時から新しい仕事が覚えられなくなり、それが強いストレスとなって体調を崩します。二度にわたる自殺未遂も経験し、検査の結果、脳の疾患が原因であることが判明。手術を受けましたが、記憶障害や失語症といった後遺症が残りました。
勤めていた高齢者施設は退職となり、専門病院での詳しい検査により高次脳機能障害と診断され、精神障害者保健福祉手帳を取得します。半年間のリハビリ後、事務作業の職業訓練を1年間受けましたが、再就職には至りませんでした。
社会復帰への試練：繰り返される挫折と深まる孤立
その後も青木さんは、障害者の就労を支援する「就労移行支援事業所」に1年間通いましたが、面接の機会すら得られませんでした。「これまで多くの支援を受けてきたにもかかわらず、なぜ就労できないのか」という自責の念が募り、「なぜ、どうして？」と考え始めるたびに、頭痛、腹痛、下痢といった体調不良が繰り返されました。
次に利用したのは、一般企業での雇用が困難な障害や難病を持つ人が利用する「就労継続支援B型事業所」でした。ここでは単純作業が多く、工賃は低いものの、勤務時間の柔軟な調整が可能でした。しかし、間もなくコロナ禍が始まり、ここにも通えなくなってしまいます。
深まるひきこもり生活：身体的・精神的な衰退
完全に家にひきこもった青木さんは、ベッドに横たわったまま、YouTubeでクラシック音楽の動画を観たり、インターネット小説を読んだりする日々を送っていました。貯金は底をつき、外に出るには妻からお金をもらう必要がありました。何かをするにもお金がかかるため、家で寝ていることが多くなり、次第に筋肉が衰えていきます。筋肉が落ちると、歩くたびに足や腰に痛みが生じ、それがさらに外出を避ける悪循環となりました。加えて、お腹の調子には波があり、体調が悪い時には水様便が出てしまい、家の中でも間に合わないことがあったといいます。
髭が伸び放題で、風呂にも入らずひきこもり状態の男性のイメージ
ひきこもり生活が長引くにつれて、身の回りのこともおろそかになっていきました。髭は伸び放題、お風呂にも入らない日が続きます。夏場でもシャワーを浴びるのは月に1、2回程度で、体臭が気になるようになりました。家族と顔を合わせると「臭いからお風呂に入って」と言われるようになり、家族が食事をする時間を避けて一人で食事をしたり、食事を抜いたりすることも増えました。
退院直後は、仕事復帰のための体力作りの一環として、障害者手帳を使って無料でプールに通い、泳いだり歩いたりしていました。そのため、ひきこもりになった際、家族からは「またプールに行けばいいのに」と言われましたが、当時の青木さんには、何かをする気力が全く残っていなかったのです。
青木さんが経験した高次脳機能障害とその後のひきこもり生活は、彼から職を奪い、社会とのつながり、さらには家族との関わりまでも希薄にしていきました。心身ともに衰弱していく中で、社会復帰への道は険しいものに思えましたが、意外な転機が訪れることになります。彼の苦悩と、そこからの脱却に向けた道のりは、現代社会が抱える複雑な問題を示唆しています。
