“怪物”江川卓が与えた衝撃度と余波「誰しも認めた類稀なる才能」は、いかに他人の人生までも狂わせたか


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 「いや〜あの松坂大輔の球は凄かった」と松坂世代が言えば、「高校時代、大谷翔平が160キロを投げたときのが凄いって」と大谷世代が応戦する。

 各々自分たち世代の超高校級投手の自慢比べをいくらしようとも、最後は江川世代が自信満々に勝ち誇ったように言う。

 「松坂や大谷がどんなに凄い凄いって言っても普通にバットに当たるんだろ。江川はバットに当たっただけで拍手が起こるんだから」

 “バットにボールが当たっただけで拍手が起こる”

 江川が出場した選抜甲子園を語るときに必ず出るフレーズ。どれだけ聞いたことか。半世紀前のことなのに、いまだに数年前の衝撃的事実のように語られる。

 確かに江川伝説を語るうえで最も象徴的な事象であるのは間違いない。

 1973年第45回選抜甲子園大会は、“江川に始まり江川で終わる”といわれた大会でもあり、テレビ、ラジオ、新聞の全メディアが臨戦態勢で臨む。

 これまでに県大会等で八度のノーヒットノーラン(うち完全試合2)、噂の地方の剛腕投手が満を持して全国にデビュー。間近に本物を見せられたときの衝撃度は計り知れない。

 江川に触れて皆が一瞬でぶっ飛んだ。ちょうど同じ頃、地方競馬出身の怪物ハイセイコーが中央に出て連戦連勝していた姿とダブる。いつしか江川のことを『怪物』と日本中の誰もが呼ぶようになった。

■「甲子園は意外と広くないですね」



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