作新学院高校時代に「怪物」と称され注目の的となり、その後法政大学、アメリカ留学、そして世紀のドラフト騒動「空白の一日」を経て、1979年巨人入り。つねに野球界に話題を振りまき、短くも濃密なキャリアを送った江川卓。
その豪快かつ圧倒的なピッチングは人々を虜にするだけでなく、己や共に戦った仲間や対峙したライバルたちの人生までも変えていった。
高校時代の対戦相手から大学時代の同僚、そしてプロ野球の好敵手たちの証言によって構成された、ノンフィクション作家・松永多佳倫氏の著書『怪物 江川卓伝』より、江川卓の足跡を一部抜粋・再編集してお届けする。
■史上最高最強高校球児「怪物江川卓」、甲子園初見参!
「いや〜あの松坂大輔の球は凄かった」と松坂世代が言えば、「高校時代、大谷翔平が160キロを投げたときのが凄いって」と大谷世代が応戦する。
各々自分たち世代の超高校級投手の自慢比べをいくらしようとも、最後は江川世代が自信満々に勝ち誇ったように言う。
「松坂や大谷がどんなに凄い凄いって言っても普通にバットに当たるんだろ。江川はバットに当たっただけで拍手が起こるんだから」
甲子園百年史のなかで最高にして最大のインパクトといえば、間違いなく1973年選抜甲子園での江川卓の登場にほかならない。
“バットにボールが当たっただけで拍手が起こる”
江川が出場した選抜甲子園を語るときに必ず出るフレーズ。どれだけ聞いたことか。半世紀前のことなのに、いまだに数年前の衝撃的事実のように語られる。
確かに江川伝説を語るうえで最も象徴的な事象であるのは間違いない。
1973年第45回選抜甲子園大会は、“江川に始まり江川で終わる”といわれた大会でもあり、テレビ、ラジオ、新聞の全メディアが臨戦態勢で臨む。
栃木県代表、作新学院のエース江川卓。
これまでに県大会等で八度のノーヒットノーラン(うち完全試合2)、噂の地方の剛腕投手が満を持して全国にデビュー。間近に本物を見せられたときの衝撃度は計り知れない。
江川に触れて皆が一瞬でぶっ飛んだ。ちょうど同じ頃、地方競馬出身の怪物ハイセイコーが中央に出て連戦連勝していた姿とダブる。いつしか江川のことを『怪物』と日本中の誰もが呼ぶようになった。
■「甲子園は意外と広くないですね」






