近年、日本各地でクマの出没が増加し、人身被害が相次いでいる。これに対し、地方自治体は住民の安全を守るためクマの駆除を余儀なくされているが、そのたびに役場には「クマがかわいそう」といった抗議の電話が殺到し、業務に深刻な支障をきたしているという。この過激な「動物愛護」を主張する声は、単に現場を混乱させるだけでなく、クマの生息状況や習性を熟知した貴重な地元のハンターの減少に拍車をかけ、問題の解決をさらに困難にしているのが現状だ。
業務を麻痺させる「カスタマーハラスメント」の実態
クマ駆除の報道がなされると、多くの自治体では職員が電話対応に追われ、他の通常業務が滞る事態が発生する。その内容は「クマではなく、お前が死ね」「税金泥棒」「無能」といった暴言が飛び交う、まさに「カスタマーハラスメント」に該当するものだ。こうした心ない罵倒は、対応する職員の精神的負担を増大させるだけでなく、公共サービスの提供に不可欠な行政機能を麻痺させる原因となっている。
吠えるクマの姿。駆除を巡る議論の対象となっている
専門家も指摘するように、クマの個体数増加は深刻な問題であり、現状では駆除による個体数調整が避けられないと考えられている。しかし、過激な抗議は、この不可欠な対策を妨げ、最終的には人間とクマ双方にとって不幸な結果を招く可能性がある。
深刻化するハンター不足と抗議電話の影響
現在、警察官によるライフル使用や自衛隊の後方支援といった対策も講じられているが、最も重要なのは、地域の地理やクマの生態に詳しい地元のハンターの育成と確保である。ライフルに精通した警察官であっても、山の土地勘や実戦経験がなければ効果的な駆除は難しい。
しかし、日本の狩猟業界は高齢化が進行し、猟友会のメンバーも引退が相次いでいる。若手ハンターの育成が喫緊の課題となっている中で、駆除への抗議電話は新たな担い手を遠ざける要因となっている。関係者は、「クマ駆除を批判する電話は、役場だけでなく猟友会も標的にしている。少ない報酬でパトロールや駆除に忙殺され、その上世論から袋叩きに遭うようでは、誰もハンターになろうとは思わないだろう」と懸念を示している。
1990年代から続く「クマ問題」の根深さ
この「クマがかわいそう」という意見や行政への抗議電話は、決して最近始まった社会現象ではない。新聞記事のデータベースを調べると、すでに1990年代後半には同様の抗議が殺到していたことが記録されている。さらに同時期には、北海道新聞がヒグマが「かわいい」と展示され観光客が殺到する状況に疑問を呈し、一部の観光業者が経営優先でヒグマを飼育する実態や、人工的な空間での「偽りの生態」に歓喜する観光客の姿に警鐘を鳴らしていた。
こうした歴史的背景から見ても、この問題は根深く、単純な感情論で解決できるものではないことがわかる。クマの保護と人間の安全確保という二律背反する課題に対し、より多角的で現実的な議論が求められている。
結び
クマの生息環境と人間の生活圏が接する現代において、クマによる被害をゼロにすることは極めて困難である。その中で、駆除という苦渋の選択がなされる背景には、住民の安全を守るという明確な目的がある。感情的な抗議だけでは問題は解決せず、むしろ現場の対応能力を低下させ、事態を悪化させる可能性が高い。持続可能な共存の道を探るためには、クマの生態系理解、ハンターの育成支援、そして何よりも冷静で建設的な議論が不可欠である。





