超高齢化社会を迎える日本において、自宅での看取りは、患者本人とご家族双方にとって、人生の最終章を意義深く過ごすための重要な選択肢となりつつあります。しかし、その実現には、いくつかの知識と準備が不可欠です。特に、終末期の「睡眠」は、痛みや不安の緩和、心身の安定に直結し、穏やかな日々を支える上で極めて重要な要素です。本稿では、山中光茂氏の著書『「家で幸せに看取られる」ための55のヒント』に基づき、終末期医療における「眠り」の役割と、在宅での安らかな看取りを実現するためのヒントを探ります。
終末期の患者における「眠り」の役割
自宅で最期の時を過ごす患者さんにとって、質の良い眠りは単なる休息以上の意味を持ちます。それは、身体的苦痛や精神的な不安から解放され、心穏やかに過ごすための基盤となります。
痛みと不安からの解放
在宅での看取りの現場では、「夜、眠れずに不安そうに過ごしている」「何度も起きてしまい、ご家族も疲れている」といった声がよく聞かれます。終末期の患者さんは、身体の不調や痛み、あるいは死への不安感などから、夜間に浅い眠りを繰り返すことが多く、それが日中の活動や会話にも影響を及ぼすことがあります。このような状況は、患者さん自身のQOLを著しく低下させるだけでなく、介護するご家族の心身の負担も増大させます。
適切な介入とサポート
不眠の原因が痛みにある場合、医師の管理のもと、頓服の麻薬を適切に使うことが重要です。麻薬は「眠らせるため」ではなく、苦痛を取り除くために用いられ、その結果として自然な眠りへと導かれるケースが多くあります。また、不安感や焦燥感が強い場合には、抗不安薬や睡眠薬を調整しながら使用することで、患者さんの心を穏やかに整えることが可能です。夜にぐっすり眠れることで、患者さんは翌朝の表情が明るくなり、日中の会話が増えるなど、生活の質が向上します。また、ご家族も夜間の見守りや対応に追われることが減り、介護に対する疲労が軽減されることが期待できます。
自宅で療養中の高齢者の手を優しく握る介護者の手
自然なプロセスの尊重と医療的支援
一方で、「眠ってばかりで大丈夫でしょうか」と心配されるご家族もいらっしゃいます。確かに、最期が近づくにつれて、患者さんが眠っている時間は自然と長くなります。これは、身体の機能が静かに、そして緩やかに終息へと向かう自然なプロセスであり、無理に起こしたり、活動を強いたりする必要はありません。
しかし、「不安や痛みによる不眠」は、適切に対処すべき問題です。眠れない夜が続くことで本人の苦痛が増したり、ご家族の介護負担が著しく高まるような場合には、薬によるサポートを躊躇せずに行うことが、患者さんとご家族にとって穏やかな最期の時間を保つために不可欠です。専門家と連携し、患者さんの状態に応じた柔軟な対応が求められます。
結論
自宅での穏やかな看取りを実現するためには、患者さんの身体的・精神的苦痛を最小限に抑え、安らかな「眠り」を確保することが極めて重要です。痛みの緩和、不安の軽減、そして自然な眠りを尊重しつつも、必要な医療的支援を適切に活用することで、患者さん、そしてご家族が納得のいく最期の時間を過ごせるようになります。日本の社会全体で在宅医療と緩和ケアの理解を深め、より多くの人々が「家で幸せに看取られる」選択ができるよう、情報提供とサポート体制の充実が期待されます。
参考文献
- 山中光茂著『「家で幸せに看取られる」ための55のヒント』





