ガザ和平案の裏側:ハマスの粛清とトランプ氏の変遷する姿勢

パレスチナ自治区ガザ地区を巡る和平プロセスは、トランプ米大統領が提案した和平案の第1段階発効から約2カ月が経過しました。しかし、停戦合意による安堵も束の間、ハマスによる内部粛清の動きがガザ市民に新たな恐怖をもたらしています。本稿では、この粛清を巡る混乱の背後にある、ハマス側、そしてトランプ米大統領側の思惑、水面下で何が起きていたのかを深掘りします。

トランプ氏の初期対応とハマス内部粛清の波紋

トランプ米大統領主導の和平案の第一段階合意後まもなく、SNS上にはハマスによる内部粛清の動画が拡散されました。ようやく平和が訪れると安堵していたガザ市民は、「今度は内部の戦争が始まってしまった」と震え上がります。このハマスの粛清行為に対し、トランプ大統領は当初、驚くべきことに「承認」するかのような発言をしました。彼は「彼ら(ハマス)は非常に悪いギャングを排除している」と述べ、「我々は彼らに一定期間の承認を与えた」と付け加えたのです。これは、ハマスがガザ内部で進める「治安作戦」を一時的に認めたと解釈され、ハマス側がこれを国際的な“お墨付き”を得たかのように利用した可能性は十分に考えられます。

なぜトランプ氏はハマスの粛清を一時容認したのか

トランプ氏が当初、ハマスの粛清行為を容認するような姿勢を取った背景には、ガザの安定化と秩序回復のための“当面の妥協”を目指す意図があったと考えられます。ハマスがガザ内部で治安維持を実質的に担うことで、武装氏族や犯罪組織による無秩序を抑制し、「治安の空白」が生じるリスクをある程度低減できるという戦略的な判断があったのでしょう。そもそも、現時点でハマスを完全に排除・武装解除させることは極めて困難な課題です。そのため、ガザの事実上の治安主体である限り、ハマスに一定の責任を負わせ、統治移行を図るという現実的な選択をせざるを得ませんでした。

この背景には、「ハマスには武装解除までの過渡期としてガザ内部の一定の治安活動を担わせる」という現実的な折衷案が取られた可能性があります。米国がハマスを“完全な敵”ではなく、“交渉対象”としてある意味で対等に扱おうとしていたことは、米国のウィトコフ中東担当特使とトランプ氏の娘婿クシュナー氏が、ハマス幹部らと異例の直接会談に臨んだと報じられたことからも伺えます(米ネットメディア・アクシオス)。ハマスをテロ組織と指定してきた米側が、交渉の対象として直接対話したことは極めて稀な事例であり、米側には少なくとも停戦を維持し、再建フェーズに移行させたいという強い意思が垣間見えました。

ガザ市で破壊された街を歩き、パンを運ぶ少女ガザ市で破壊された街を歩き、パンを運ぶ少女

国際社会の非難とトランプ氏の姿勢転換

しかし、実際にハマスによる残虐な公開処刑映像が出回ると、国際社会や人権団体などから次々とガザ内部での粛清行為に非難の声が上がりました。国連の特別報告者であるフランチェスカ・アルバネーゼ氏は自身のXで、「ガザで起きているパレスチナ人同士の暴力の激化を強く非難する。ハマスおよびすべてのパレスチナ武装組織は、対立者の処刑をただちにやめなければならない。ガザはすでに十分に苦しんできた。これ以上の暴力に値しない」と警告しました(Francesca Albanese 公式X投稿 2025年10月20日)。

こうした批判が相次いだことを受けてか、トランプ氏は即座にハマスの残虐な行為を認めない強硬姿勢に転換しました。翌日以降、「ハマスは自ら武装解除するか、さもなければわれわれが解除させる」、「迅速かつ暴力的にだ」と警告を発しました。さらに、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」には、「ハマスがガザで人々を殺し続けるのであれば、合意にはないことであり、私たちはガザに入って彼らを殺すほかない」と一転して強気の投稿をするなど、一貫してハマスに厳しい姿勢を示し始めたのです。

ガザ市民の複雑な感情と今後の展望

こうした一連のドタバタ劇について、あるガザ市民の男性は皮肉を交えてこう述べています。「停戦合意の成立に向けて“多大な努力を払った”トランプ大統領に、改めて感謝を。どうやら、トランプとガザ指導部の“ハネムーン期間”は終わってしまったようです。」このトランプ氏への「感謝」という言葉には、停戦交渉の仲介をしながらも、米国が実質的にイスラエル側の立場を支えていると感じるガザ市民の悲しい皮肉が滲んでいます。当初は米国とハマスの間で異例の直接対談が報じられるなど順調なムードが演出されてきた中で、ここへ来て再びイスラエルを支持する発言が繰り返されたことで、交渉の行方を固唾を飲んで見守ってきたガザ市民らは、「遂にハマス指導部とトランプ氏の関係が決裂してしまった」と失望し、今後の状況を深く憂慮し始めています。

ガザ地区の和平プロセスは、ハマス内部の動き、国際社会の圧力、そして米国の政策の変遷という複雑な要因が絡み合い、その行方は依然として不透明です。市民の期待と失望が交錯する中、真の平和と安定への道のりは険しいものとなりそうです。