日中共同声明と台湾問題:関係安定の原点に立ち返る

高市早苗氏の台湾に関する発言が中国政府の反発を招き、日中関係に波紋が広がっています。複雑な状況に直面した際、「原点に戻って考える」という教えは、現在の台湾問題を巡る日中関係にも当てはまります。その原点とは、1972年の日中国交正常化時に両国政府が発表した日中共同声明に他なりません。約半世紀前に発出されたこの声明の精神を改めて見つめ直すことが、関係安定の鍵となります。

日中共同声明の再確認:日本の立場と「尊重」の意味

日中共同声明の第3項は、台湾問題に関する日本の立場を明確に示しています。

「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する。」

この声明に従えば、日本は中国の主張を理解するだけでなく、「尊重」する義務を負います。したがって、日本政府は中国の立場に反するような言動を慎むべきです。これは、台湾を中華人民共和国の領土ではないかのように振る舞うことを避け、具体的には、国際的に台湾を別個の政治的実体として公的に認めるかのような言動を控えることを意味します。民間レベルの経済、文化、スポーツ交流は別として、高度に「政治的」な意味合いを持つ言動は、日本政府関係者として控えるべきであると解釈できます。

1972年9月29日、北京の人民大会堂で日中共同声明に調印後、中国首相の周恩来(右)と文書を交換する田中角栄首相1972年9月29日、北京の人民大会堂で日中共同声明に調印後、中国首相の周恩来(右)と文書を交換する田中角栄首相

こうした観点から見れば、公式の場で日本政府の高官が台湾の政治指導者と会談する行為を含め、その言動は時と場所、態様を慎重に考慮しなければなりません。最近の高市氏による公的な場での言動に対し、中国側がいささか眉をひそめたとしても不思議ではないのは、日本政府が台湾について中国の立場を「尊重する」姿勢を貫く必要があるためです。

ポツダム宣言と国際問題としての台湾

一方で、中国側も日中共同声明の別の重要な部分を理解する必要があります。それは、日本政府が「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と述べている点です。ポツダム宣言第8項は、簡潔に言えば「日本は(降伏に伴い)台湾を領土として放棄したが、その帰属がどこになるかは国際的に(連合国側が)決定すべき問題である」という認識を含意しています。これは、台湾問題が中国の一方的な決定によって解決される問題ではなく、国際社会全体の問題であるという日本の認識を明確に示しており、中国政府はこの立場を十分に理解しておく必要があります。

平和的解決の原則:武力行使の排除

さらに、日中共同声明、そして後に締結された日中平和友好条約は、日中両国が「相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないこと」に合意していることを明記しています。この合意は極めて重要です。したがって、「国際問題」である台湾問題を巡る紛争がある場合、中国は武力による解決を試みるべきではありません。同様に、日本も武力行使を慎み、平和的手段で紛争を解決する責任を負います。

共同声明の精神に立ち返る

もし高市氏の発言、あるいはそれに関連する中国政府の対応において、これらの日中共同声明の趣旨に反する点があれば、両国は共同声明の精神に基づいて深く反省し、対話を通じて解決策を探るべきです。日中関係の安定は、アジア太平洋地域の平和と繁栄に不可欠であり、その基盤を築いた日中共同声明の原則を再認識し、遵守することが、両国にとって最も賢明な道と言えるでしょう。

筆者プロフィール

小倉 和夫
日本財団パラスポーツサポートセンターパラリンピック研究会代表。1938年東京生まれ。1962年東京大学法学部を卒業し、外務省に入省。英国ケンブリッジ大学経済学部でも学んだ。外務省経済局長、外務審議官、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使を歴任。東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会評議会事務総長を経て現職。