犬笛行為の危険性:SNS時代の誹謗中傷と弁護士の介入

SNS上で巧妙に広がる「犬笛」という現象が、時に人々の命を奪うほどの凶悪性を帯びています。政治家による無責任な言動が引き金となり、特定の個人への誹謗中傷がエスカレートする現状は、現代社会における深刻な課題です。大阪弁護士会所属の大前治弁護士は、この「犬笛」行為の危険性を訴え、その抑止に向けた具体的な行動を起こしています。本稿では、「犬笛」の正体とその社会への影響、そして法的な観点からの問題提起、さらに弁護士による介入事例を通じて、私たちがこの見えない暴力にどう向き合うべきかを考察します。

「犬笛」とは何か?その変遷と日本の現状

元々「犬笛」とは、人間には聞こえない高周波の音を発し、犬の訓練に用いられる笛を指しました。これが転じて、限られた集団の人が理解できる隠れたメッセージを、他の人には気づかれないように発する言葉を意味するようになりました。例えば、直接的に「攻撃しろ」とは言わずとも、そのメッセージを読んだ人が行動に移してしまうような発信がこれに該当します。

しかし、最近の日本のSNSでは、「犬笛」は特定の個人を標的にし、あたかも「サイバーリンチ」のような攻撃を扇動する行為として使われるケースが増えています。メッセージを受け取る側が煽られて行動を起こす点は同じですが、発信する側の意図がより明確であるため、単なる「犬笛」というよりも、軍隊の「ラッパ」に近いとの指摘もあります。特に、他者の個人情報を晒すような事例は、この傾向を顕著に示しています。

人の命を奪う「犬笛」の凶悪性:竹内元県議の悲劇

大前弁護士は、「犬笛行為は人の命を奪ってしまうだけの凶悪性、犯罪性、加害性を持つものだ」と強く訴えます。この言葉の背景には、兵庫県の内部告発文書問題に端を発し、昨年11月に議員辞職し、今年1月に自死した竹内英明元県議(当時50)が経験した深刻な人権侵害があります。

竹内元県議に関するデマをSNSで拡散し、名誉を傷つけたとして、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志容疑者(当時58)が昨年11月に名誉毀損容疑で逮捕・起訴されました。生前の竹内氏のもとには、立花被告のSNS投稿に触発されたとみられる悪意のある郵便物が届くなど、執拗な誹謗中傷が相次いでいたといいます。大前弁護士は、「個人の生活の場を破壊する犬笛が横行している状況は恐ろしい」と警鐘を鳴らしています。

大前治弁護士の肖像画大前治弁護士の肖像画

法律が問う「犬笛」行為:集団的犯罪としての側面

大前弁護士は、「犬笛は法律的には集団的な脅迫や威力業務妨害の教唆に該当する」と指摘します。従来の暴力団などを指す「組織的」犯罪とは異なり、ネットというツールの進化によって、不特定多数の個人が参加する「集団的」な犯罪が台頭している点が最大の特徴であり、その制御を困難にしています。

この新しい形態の犯罪は、扇動者が直接的な暴力をふるわなくとも、多くの匿名ユーザーが連鎖的に攻撃を繰り返すことで、被害者の社会生活や精神に甚大なダメージを与える可能性を秘めています。

狡猾な「犬笛」にどう立ち向かうか:大前弁護士の介入事例

大前弁護士が「犬笛」の狡猾さに直面し、看過できないと感じたのは今年3月のことでした。斎藤元彦・兵庫県知事に関する内部告発文書問題を巡る賛否の世論がSNS上で激化する中、落語家である月亭太遊氏(現在は芸名を返上)を標的としたX(旧ツイッター)の投稿を目にしました。

その投稿は、「桂米朝一門の落語家『月亭太遊』も連日Xにて誹謗中傷に勤しんでおられます」と月亭氏を中傷し、さらに後半の文面で「お問い合わせはこちら」として、所属事務所である吉本興業と上方落語協会の電話番号を記載。「所属事務所『吉本興業』(エージェント契約)への通報をよろしくお願いいたします」と呼びかけていました。

この手法は、「月亭太遊さんに抗議の電話を殺到させよう」という直接的なメッセージがないにもかかわらず、間接的に大量の抗議を促すことを意図していました。大前弁護士はこれを「狡猾で卑怯なやり方」と感じ、「こういう書き方をしたからといって言い逃れを許すことはできない」と強く決意し、対応に乗り出しました。

「犬笛」行為への認識を高め、責任ある情報発信を

「犬笛」行為は、SNSの匿名性と拡散力を悪用し、特定の個人を標的とした誹謗中傷を扇動する、現代社会の深刻な問題です。法の専門家である大前治弁護士が警鐘を鳴らすように、この行為は時に人の命を奪うほどの凶悪性を持ち、集団的な脅迫や威力業務妨害の教唆に該当する可能性があります。

私たちは、個人情報晒しやサイバーリンチを扇動するような「犬笛」の存在を認識し、その危険性について深く理解する必要があります。そして、インターネット上での情報発信する際には、その内容が他者にどのような影響を与えるかを深く考慮し、責任ある行動を心がけることが求められます。社会全体でこの問題に対する意識を高め、見えない暴力から個人を守るための努力を続けることが、健全な情報社会を築く上で不可欠です。