お笑いファンならずとも、年末の風物詩として定着したM-1グランプリ。その審査基準をめぐり、伊集院光氏が疑問を呈し、大きな反響を呼んでいます。今回は、伊集院氏の発言を軸に、M-1グランプリの現状と未来について考察します。
M-1審査員の“漫才通”化が招く危機とは?
12月31日放送の『あちこちオードリー』(テレビ東京系)に出演した伊集院光氏は、M-1グランプリの審査員構成について言及。「M-1の審査員って、いつからこんな漫才の人たちだらけになった?」と疑問を投げかけました。かつては劇作家や落語家、文化人など多様な視点を持つ審査員が名を連ねていましたが、近年はM-1出場経験のある芸人が審査員の大半を占めています。
M-1グランプリの審査員
伊集院氏は、この状況が漫才を“競技”へと変質させ、本来の「面白さ」が見失われる可能性を危惧しています。「あそこ、天丼もう1回あってよかったよね」といった専門的な視点ばかりが重視され、多様な笑いが排除される危険性を指摘しました。
多様な笑いを尊重する「THE W」との対比
伊集院氏は、2024年の『女芸人No.1決定戦 THE W 2024』(日本テレビ系)を例に挙げ、M-1グランプリとの違いを明確化しました。キンタロー。の「絶対絶命なのに、なおぶっ壊れ続ける」姿を「面白い女性芸人の“芸事”」と評価し、多様な笑いを尊重する姿勢を示しました。
オードリーのラジオ収録風景
一方、M-1グランプリについては「どんどん興味がなくなってる」と本音を吐露。番組MCの若林正恭氏も「学問化していっちゃうじゃないですか。タコツボ化というか」と共感の声を上げています。
令和ロマンの2連覇に見る“M-1攻略法”
伊集院氏の指摘を象徴する例として挙げられるのが、令和ロマンの2連覇でしょう。ボケ担当の髙比良くるま氏は「漫才過剰考察」という書籍を出版するほどの漫才理論家。まさにM-1グランプリの“システム”を分析し、攻略したと言えるかもしれません。
著名なお笑い評論家であるA氏(仮名)は、「M-1グランプリは、本来『とにかく面白い漫才』を選ぶ大会だったはず。しかし、高度な技術や戦略が重視されるようになり、本来の目的から逸脱しつつある」と指摘しています。
M-1グランプリの未来はどこへ向かうのか?
SNS上でも、伊集院氏の発言に共感する声が多数上がっています。多くの人が、M-1グランプリの現状に疑問を抱き、多様な笑いを求めているのではないでしょうか。
漫才とは何か、面白さとは何か。M-1グランプリは、これらの問いを改めて見つめ直す必要があるのかもしれません。視聴者が本当に求めているのは、高度な技術を競う“競技”ではなく、心から笑えるエンターテイメントではないでしょうか。
M-1グランプリの未来は、審査基準の見直し、多様な笑いの尊重にかかっていると言えるでしょう。