フジテレビの人気ドラマ『最後から二番目の恋』シリーズで、鎌倉市役所の職員として描かれた主人公・長倉和平。生真面目で部下思いの彼の姿を通して、ドラマの中の鎌倉市役所はどこか温かく、ほのぼのとした職場のように視聴者に映っていた。しかし、現実の鎌倉市役所は、このドラマのイメージとはかけ離れた厳しい現実に直面している。2025年3月末、通常では考えられない事態が発生したのだ。職員15人が、年度末に突然退職するという異例の事態が起きたのである。この大量退職は、鎌倉市役所が抱える根深い問題を示唆している。
異例の職員大量退職の内幕
この大量退職が明らかになったのは、予算審議の場だった。鎌倉市議会議員の長嶋竜弘氏によると、3月7日の定例会で承認された2024年度の退職者手当予算に加え、年度末間近の3月25日の定例会で、急遽15人分の退職手当として約6700万円の追加予算が必要との議案が提出されたという。これは、3月に入ってから15人もの職員が突然退職を決めたことを意味する。
鎌倉市の職員数は約1300人であり、15人という数字は全体の1%を超える規模だ。これだけの人員が短期間に、しかも年度末という時期に急遽退職するのは極めて異例な事態と言える。さらに、3月25日の定例会で明かされた情報によれば、退職者の中に部長や次長といった幹部クラスは含まれておらず、辞めたのは将来の鎌倉市を担うはずだった中堅以下の比較的若い職員たちだという。
市長への批判と職場環境の問題
なぜ、将来を嘱望されていた若い職員たちが、慣れ親しんだ職場を去るという決断を下したのか。この問題を継続して追及している長嶋市議は、その背景に鎌倉市役所特有の組織風土があると指摘する。
長嶋氏によると、さまざまな課題が山積する中で、「一番悪いのは市長(松尾崇氏)」だと述べている。現在、鎌倉市では市庁舎の移転計画が大きな課題となっているが、本庁舎の住所を移す条例が否決されているため、法的には実現不可能となっている。それにもかかわらず、市長が「絶対に移転させる」と強引に計画を進めようとするため、現場では進展が見られない状況が続いているという。その結果、市長が幹部職員に強い口調で指示したり、叱責したりする場面も耳にするという。
また、松尾市長は2009年から16年間にわたり市長を務めているが、トップとしての最終判断を避け、曖昧な指示しか出さないことも多いとされる。これにより、職員たちは場当たり的でその場しのぎの対応を強いられることになるが、たとえそれが失敗しても、幹部職員は市長から厳しく叱責されるという悪循環があるという。
こうした市長の意向や態度が組織の上層部から下へと伝わり、最終的にそのしわ寄せが若手職員に集中する構造になっていると長嶋氏は分析する。「こんな歪んだ松尾市政16年の風土の中で、上層部にはパワハラ紛いの行為に走る者もいるようで、私の元に届いた告発の大半には、課長以上と書かれていました。結果として、若手が15人も一斉退職したと、私は考えています」と、長嶋氏は今回の大量退職と組織風土の関連性を強く主張している。
内部告発が示すパワハラの実態
実際に、市役所の現場からは悲痛な声が上がっているという。2025年2月、長嶋市議の元に届いた一通の手紙には、上司からのパワハラが原因で退職者が出たという告発が記されていた。その後もメールや手紙での告発が相次ぎ、今年に入ってからも5通もの被害報告が寄せられている。これらの内容から、今回の大量退職の理由の一端が垣間見える。
長嶋市議が公開したメールの抜粋には、以下のような記述がある。
<突然のメール失礼いたします。(略)メールを差し上げたのは、鎌倉市役所の職場内パワハラについてです。先日、ある職員が上司からの酷いパワハラを受け、心を病んでしまい昨年暮れに退職した、という話を聞きました。(略)その上司の上司は何も知らなかったということは無いはずです。職場として辞めてしまった職員を守ってあげる努力、例えばその上司を指導矯正したりはしなかったのでしょうか。(略)そうでなかったとしても、心が壊れるまで苦しんでいる職員を、言わば見殺しにするような職場・組織でよいはずがありません>
このメールは2024年末に退職した職員に関する内容だが、上司のパワハラや、それを知りながらも見過ごす幹部職員の姿勢が明らかにされており、若い職員が追い詰められても組織として守ろうとしない体質が感じられる。
また、別の手紙からは、松尾市長の姿勢が職場環境に深刻な影響を与えている様子がうかがえる記述もあった。
<市長もYESマン以外には、かなり立腹して怒られる方で、管理職は誰も意見を言えないそうです(自分に嫌な情報は耳を塞いでしまうそうで、長期独裁政権の悪しき形態だと元部長に聞きました)。そんな方に直接相談などできません>
鎌倉市にはハラスメントの相談窓口に加え、市長に直接意見を伝えられるホットラインも設置されているが、この手紙にある「直接相談などできません」という記述は、そうした公式の相談窓口やホットラインが機能していない、あるいは利用しづらい状況にあることを示唆している。
市長の応答と今後の行方
これらの内部告発や大量退職について、3月25日の定例会で長嶋市議から質問された松尾市長は、以下のように答弁した。
「やはり人と人ですから、いろいろなことが庁内でもございます。そういうところをひとつひとつ丁寧に見ながら、ひとりに負担がかかる、ひとりが仲間外れになると、そういうことがないように、しっかりと目配せをしながら組織運営にあたって参りたいと考えております」
この答弁は、具体的なパワハラや大量退職の原因には触れず、一般的な組織運営への言及にとどまった。「15人の一斉退職」を巡っては、長嶋市議と松尾市長の間で認識に大きな隔たりがある現状が浮き彫りになっている。
このような状況について、松尾市長はどのように考えているのか。鎌倉市役所に問い合わせたところ、文書で市長からの回答があった。
「鎌倉市職員には、いきいきと働き続けていただき、成長しながら市政運営にその能力を発揮していただくのが望ましい姿だと考えています。一方で、社会全般の流れとして、個人のキャリアの方向性やライフステージの変化などによりキャリアアップやスキルの向上などを求め、転職する方々が増加傾向にあると捉えています。鎌倉市職員となられた方が中途退職することは大変残念ですが、それぞれが選択された人生を歩むことを止められないと考えています」
この回答は、退職が増加傾向にあることを社会全体の流れと捉え、個人のキャリア選択を尊重するという姿勢を示している。
また、若い職員の大量退職の原因が松尾市長にある、という長嶋市議の指摘については、以下のように回答している。
「私としては、鎌倉市役所がそれぞれの職員が目指すキャリア実現の支援をし、組織とともに町が成長していく場であってほしいと考え、職員に対しては、決して私の想いを一方通行で伝えるのではなく、コミュニケーションを図ってきました。このような職員とのコミュニケーションを通じて、組織風土の改革に取り組んでいるところです。議員の指摘は真摯に受け止め、引き続き職員がいきいきと働くことができる組織づくりに注力してまいります」
自身のリーダーシップが大量退職の原因だという指摘に対しては、組織風土改革への取り組みと、長嶋市議の指摘を真摯に受け止める姿勢を示したが、具体的な問題への言及は避けられている。内部告発で指摘されているハラスメントの実態については、「手紙が市議会議員(長嶋市議)に届いたことは重く受け止めています」という表現にとどまり、ハラスメント行為の存在を認めることはなかった。
今後も議会では、今回の大量退職が発生した要因や、内部告発で指摘されているパワハラ問題について、原因究明と議論が続けられていくものと見られる。ドラマで描かれたような、忙しくも皆が助け合い、職員がいきいきと働ける鎌倉市役所の雰囲気に少しでも近づくことを、多くの関係者が願っているに違いない。
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