カムチャツカ地震津波の謎:東日本大震災との深層比較と日本への警鐘

今年7月30日、カムチャツカ半島付近で発生した巨大地震は、日本太平洋側の広範囲で終日「緊急津波警報」が発令される事態となりました。岩手県久慈港では1.3mの津波が観測されましたが、多くの人々が抱いた疑問は、マグニチュードや震源の深さが類似する東日本大震災と比較して、なぜこれほど津波の規模が異なるのかという点でした。本稿では、津波研究の第一人者である東北大学副学長、今村文彦教授の専門的知見とシミュレーションに基づき、カムチャツカ地震津波のメカニズム、東日本大震災との相違点、そして環太平洋地域で発生する地震が日本にもたらす津波リスクについて深く掘り下げていきます。

カムチャツカ地震津波の発生メカニズムと到達経路

7月30日にカムチャツカ半島東南東126kmで発生したこの地震は、マグニチュード8.8、震源の深さ20.7kmと推定されています。地震発生後、津波は主にハワイ方面へと広がりを見せました。今村文彦教授によると、この津波の一部が北太平洋に広がる広大な海山群である天皇海山列に衝突し、その影響で進行方向が変化して日本の沿岸部へと押し寄せたと考えられています。ロシア科学アカデミー海洋学研究所からは、カムチャツカと千島列島の一部の地点で5~6mの津波が目視で観測されたとの報告もあり、発生源付近では局地的に高い津波が発生していたことが伺えます。大きな地震が起きると、断層のずれによって海底が隆起または沈降し、それによって生じた海面変動が巨大な波として四方に伝播するのが津波の基本的なメカニズムです。

カムチャツカ半島沖地震で発生した津波がハワイ方面へ広がり、その後天皇海山列を介して日本へ到達する様子をシミュレーションした図(今村文彦教授提供)カムチャツカ半島沖地震で発生した津波がハワイ方面へ広がり、その後天皇海山列を介して日本へ到達する様子をシミュレーションした図(今村文彦教授提供)

東日本大震災とカムチャツカ地震:なぜ津波の規模に大きな差が生まれたのか

今回のカムチャツカ地震(マグニチュード8.8、震源の深さ20.7km)と、東日本大震災(マグニチュード9.0、震源の深さ24km)は、震源の陸地からの距離、マグニチュード、震源の深さといった主要な数値が非常に近いにもかかわらず、日本に到達した津波の規模には極めて大きな差がありました。東日本大震災では30mを超える巨大な津波が押し寄せたのに対し、カムチャツカ地震では最大1.3mに留まったのです。今村教授は、「津波の大きさはマグニチュードと震源の深さで決まる」と説明し、これらの数値がほぼ変わらないのであれば、津波の大きさも同程度になるのが自然であると指摘します。

今村教授の研究チームによるシミュレーションでは、カムチャツカ半島には10mを超える津波が来襲した可能性が高いとされています。これは、震源域における海底の変動や地形的要因が、遠方への津波伝播に影響を与えたことを示唆しています。過去の事例を見ても、2018年のインドネシア・スラウェシ島地震ではマグニチュード7.5、震源の深さ10.0kmで11.3mの津波が観測され、1960年のチリ地震ではマグニチュード9.5、深度33kmで15mを超える津波を観測しています。これらの例は、マグニチュードと震源の深さが津波の規模を決定する重要な要素であることを裏付けています。

環太平洋地震が日本にもたらす津波リスクと過去の教訓

今村教授は、環太平洋で発生する地震が、その影響を環太平洋のあらゆる地域にもたらす可能性を指摘し、日本への潜在的な津波リスクについて警鐘を鳴らしています。例えば、1960年に発生したチリ地震では、地震発生から1日以上経過した後、北海道から四国にかけて最大6mを超える津波が押し寄せ、遠隔地からの津波の危険性を改めて認識させました。

さらに歴史を遡ると、1700年にアメリカ・シアトル沿岸のカスケード沈み込み帯でマグニチュード9前後と推定されるカスケード地震が発生した際も、日本に津波が押し寄せた記録があります。また、1964年のアラスカ地震(マグニチュード9前後と推定)でも日本は津波の影響を受けました。これらの事例は、太平洋を挟んだ遠方で発生する巨大地震であっても、その津波が日本に到達し、甚大な被害をもたらす可能性があることを示しています。アメリカ大陸沿岸には大規模なプレートの沈み込み帯が存在し、今後もマグニチュード8以上の巨大地震が発生する可能性が高いとされています。今村教授は、「そこでマグニチュード8以上の地震が起これば、日本に津波は来襲するでしょう」と改めて警告しており、常に警戒を怠らないことの重要性を強調しています。

今回のカムチャツカ地震は、津波の伝播経路や規模が、震源の特性だけでなく、海底地形やプレート構造など複雑な要因によって大きく左右されることを示しました。東日本大震災の経験を教訓に、私たちは専門家の知見に基づいた科学的理解を深め、環太平洋地域で発生する可能性のある巨大地震とその津波リスクに対し、より一層の防災意識と対策を強化していく必要があります。

参考文献