神社を訪れる際、ただ賽銭箱の前で祈るだけが参拝ではありません。神道学者の三橋健氏によれば、「神社へ行こう」と思い立ったその瞬間から、すでに神様とのご縁は始まっていると言います。もし誤った心構えや行為で臨めば、本来期待されるご利益は得られないかもしれません。正しい「参拝作法」を身につけ、清らかな心で神様と向き合うことが重要です。
「神社へ行こう」と決意した瞬間から始まる参拝
神様への参拝は、ただ形だけの儀式ではありません。その本質は、神社へ向かうという決意が生まれたときにすでに始まっています。これは山登りにも通じるものがあります。山に登ろうと決めた瞬間から、十分な準備と心構えが求められます。もし準備不足のまま遊び感覚で山に挑めば、遭難などの危険に晒されることになりかねません。近年問題となっている富士山の「弾丸登山」が良い例です。十分な装備や休憩なしに日帰りで登ろうとし、滑落や遭難といった命に関わる事故に至るケースも報告されています。
これと同様に、神社参拝もまた、その場に到着する前から始まっているのです。ただ賽銭箱の前で柏手を打つことだけが参拝の全てではありません。神様への敬意と、自身の心身を清める意識を持つことが、何よりも大切なのです。
神社参拝の様子を表すイメージ写真
鳥居をくぐる前の「一揖」と参道の役割
神社へ向かう道、特に玉砂利が敷き詰められた参道を歩く間、私たちの心は自然と浄化されていくのを感じるでしょう。神様との出会いが近づくにつれて、清々しい緊張感が全身に満ちてきます。この緊張感は、境内に足を踏み入れ、鳥居をくぐるたびに一層深まります。
鳥居は、神様のいらっしゃる神聖な世界と、私たちの住む俗世を区別する「結界」であり、神社の「ご門」と考えられています。例えば明治神宮のように、鳥居の柱に榊(さかき)の枝が取り付けられている場所もありますが、この榊には私たちの罪や穢れ、災いを祓い清める力があるとされています。鳥居をくぐるたびに心身が浄められ、神様の前でより清らかな気持ちでお祈りができるようになるのです。
そのため、鳥居をくぐる直前には、一度立ち止まり、衣服を整えて軽くお辞儀をするのが作法とされています。これを「一揖(いちゆう)」または「会釈(えしゃく)」と呼びます。この一連の動作には、神様への敬意を表し、自身の心を整えるという意味が込められています。この心構えこそが、ご利益を授かるための第一歩となるでしょう。
参考文献
- 三橋健『神様に願い事を叶えてもらう!厄除け・厄祓い大事典』青春出版社
- Yahoo!ニュース: https://news.yahoo.co.jp/articles/f5b302bfff5bf2981e8faced4210f36108f634b9





