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    『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 終わりに 五千年間に及ぶ歴史劇の幕が下ろされつつある今日、人類は最後の試練に直面している。共産邪霊は世界を混乱させ、人類史上まれに見る大きな災難を作り出した。数億人を殺害し…

    『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 終わりに 五千年間に及ぶ歴史劇の幕が下ろされつつある今日、人類は最後の試練に直面している。共産邪霊は世界を混乱させ、人類史上まれに見る大きな災難を作り出した。数億人を殺害し…

    共産主義の最終目的 『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 2019年06月19日 19時00分 五千年間に及ぶ歴史劇の幕が下ろされつつある今日、人類は最後の試練に直面している。共産邪霊は世界を混乱させ、人類史上まれに見る大きな災難を作り出した。数億人を殺害し、全世界に共産主義イデオロギーを蔓延させることで人間の心を蝕み、人間が神を排除し神と敵対するように仕向けた。これでは人間は神に救われる最後の機会をも逃すこととなる。   神は人間を救おうとするが、共産邪霊は人間を滅ぼそうとする。文明の存続と人類の運命がかかっている今日は、まさに危機的状況である。希望と危機は併存し、「迷い」の中にいる人には区別しがたい。   本書が度々指摘した通り、共産主義の本質は一つの邪霊であり、それは恨みと宇宙の低い次元にある各種腐敗物質により構成された蛇である。表層空間におけるその表れは一匹の赤い龍である。人類に対する恨みから、共産邪霊は一億人以上を虐殺し、数千年来受け継がれてきた輝かしい文化を破壊した。人類を滅亡させるため、共産邪霊は人類の道徳を奈落の底まで堕落させ、人間が神に逆らうよう誘導した。   邪悪に暴れ狂う隙を与えたのも、多くの人々が神から離れ、自我に対する道徳的な制約を緩めたためだ。しかし物事はその極限に達すると必ず反転する。最も暗黒な時こそ、光に最も近い時でもある。過去と未来は全て神が計画済みだ。神の誓いは実現しつつあり、神は人間の覚醒を待っている。時間は刻一刻と過ぎ去っていく。旧い秩序は崩壊の最中にあり、新たな秩序は確立されつつある。旧い勢力は敗退し、新たな力が歴史の表舞台に立とうとしている。   邪悪は決して正義には勝てない。表面上いくら邪悪が跳梁跋扈しようとも、それは一次的なものに過ぎない。全ては神によって掌握されている。2004年、『大紀元時報』が「共産党に関する九つの評論」を発表し、中国共産党から離脱する大きな運動につながった。今日に至るまで、数億人もの中国人が中国共産党や青年団、少年先鋒隊から離脱を表明した。これは中国人が共産邪霊を取り除く自発的な行為だ。人が自ら共産党組織からの離脱を宣言すれば、神は人間に憑依する邪霊をすぐさま解体する。こうして一つの生命が救われるのだ。   中国人にとって、善良な本性でもって邪悪の誘惑と罠に打ち勝ち、悪魔への道から脱出することができれば、真の中国人となることができる。山は中国の山のままであり、水も中国の水のままである。そして国家も中華の国のままである。しかし中国人はもはや共産邪霊が支配するマルクス・レーニンの下僕ではなく、名実ともに真の中国人となることができる。中国人は神から授かった豊かな生活を獲得できるのみならず、心の平和と幸福を得ることができる。中国も真の繁栄と偉大を謳歌し、神が授けた力と栄誉を享受し、歴史上の栄光を再び取り戻すことができる。   全世界において、共産邪悪主義に対する清算と伝統への回帰はすでに始まっている。   共産邪悪政党を徹底的に解体し、この世にある共産主義の邪悪な要素を排除し、人間社会の堕落と変異を反省することこそ、今日の人類に課された喫緊の課題である。人の心を正し、社会を浄化する。伝統に回帰し、信仰を再建する。そして神とのつながりを体得し、神とのつながりを取り戻すことは、一人ひとりの責任であり、救われる唯一の希望だ。神は慈悲と威厳を併せ持っている。神は一人ひとりの心のうちを観察している。今この時の選択と行いは、自らの未来を決定することとなる。神が指し示した道をたどり、神による済度を得ようとするならば、共産主義の最終目的を徹底的に暴露し、迷いの中にいる人々を覚醒させなければならない。これが本書を記した本意である。   (『中国編』完) Source link

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    『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 第六章(下)「憎悪」を国家の支柱とする 中国共産党を解体し、人間世界における共産主義のあらゆる存在型式を除去し、伝統に回帰し、心の奥にある善良な一念を持ち続けることによってはじめて、生命は希望を見出すこ…

    『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 第六章(下)「憎悪」を国家の支柱とする 中国共産党を解体し、人間世界における共産主義のあらゆる存在型式を除去し、伝統に回帰し、心の奥にある善良な一念を持ち続けることによってはじめて、生命は希望を見出すこ…

    共産主義の最終目的 『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 2019年06月19日 07時00分 第六章(上)「憎悪」を国家の支柱とする 目次 3. 中国共産党が作り出した獣の国 1)尊敬に値しない老人 2)早熟した悪賢い子ども 3)性道徳の崩壊 4)各業界の全面的な堕落 5)周期的な集団洗脳 4. 世の末の様相 1)肥溜め文化 2)歩く屍 3)終末的心理 4)済度しがたい世の人 ***** 3. 中国共産党が作り出した獣の国 1)尊敬に値しない老人 孔子は「五十にして天命を知る。六十にして耳順(みみしたが)う。七十にして心の欲する所に従いて、矩(のり)を踰(こ)えず」と言った。伝統的な中国の高齢者はその智慧と経験、そして人徳により社会の中で最も尊敬される人たちだった。 清王朝の康熙(こうき)帝は暢春(ちょうしゅん)園と乾清宮で老人を招いて宴会を開いた。集まった65歳以上のモンゴル、満州、漢民族の大臣や官吏は千人以上だったと記録されている。宴会では康熙帝が老人らと杯を交わし、皇子やその息子らは傍らに立ち酒を注いだ。宴会の記念として康熙帝は即興で詩「千叟宴(せんそうえん)」を賦(ふ)し、大臣らにも詩を作らせこの出来事を記録させた。 年月が流れ、今日の中国人高齢者の行為は目を背けたくなるものばかりだ。一般市民の日常生活を妨げる「広場ダンス」や「暴走団」などの迷惑行為はもはや日常茶飯事となっている。2017年6月、洛陽の広場ダンスグループの高齢者が青年とバスケットボール場を奪い合う際、青年らに拳を上げた。碰磁(ほうじ)と呼ばれる詐欺の手法も多岐を極め、被害者は冤罪(えんざい)に悩まされている。そのため「老人が倒れても助けず、子どもが困っても保護せず」という奇妙な現象が現れている。ある老人は賠償金を得ようとわざと車にぶつかり、問いただされても反省の色すら見せず「だって年を取ったからしかたない」と反論した。「高齢になったから仕事にありつけず、詐欺行為でお金を稼ぐのだ」と屁理屈をこねた。西安ではある老人がバスに乗車したとき、若い女性が席を譲らないからと言ってその膝の上に座るという事件が起きた。さらに一部では老人グループが公共の場で買春することが報道された。 「高齢者が悪くなったのではなく、悪人が高齢になったのだ」と嘲笑する者もいるが、あながち間違いではない。中国共産党政権誕生後に生まれた数世代の人が現在高齢になったが、彼らが育ったのはまさに共産党が数々の政治運動を起こした時代だった。これらの人々は伝統文化の感化を得られないばかりか、中国共産党の階級闘争理論に洗脳され、共産邪霊により「憎悪の種」が深く埋め込まれた。彼らは文化大革命中の動乱と略奪を経験し、「紅小兵」や「紅衛兵」だった者も中にはいる。彼らのさまざまな非常識的な行為は、若かりし頃に教え込まれた中国共産党の行動様式の発露に他ならない。 2)早熟した悪賢い子供 中国人の子どもの多くは保護者や社会からの影響により、年齢にそぐわない早熟な現象を見せている。彼らは世の常を熟知し、非常に悪賢い。「大人になったら汚職官僚になる」とはばからず夢を語る子どももいる。 あるドラマでは汚職摘発局長の息子が体育の授業で同級生からわいろを要求される話があった。お金を払えばサッカーチームに入れてやるとの話だったが、その息子は結局補欠にすらなれず大変憤慨した、というのである。しかし彼にも独自の金儲けの手段があった。宿題を写させてほしいという友人がいれば一回につき五元徴収し、出来が悪い時は三元徴収した。幼い子どもが天真爛漫な感情を失い、「お金をもらわなければ何もしない、今はみなそうだ」という子どもにふさわしくない人生観を持つに至った。これはあくまでドラマの一部であり、中国共産党の「主旋律」を壊さないようそれらの社会問題は極めて控えめに表現されているが、現実はこれに勝るとも劣らないのだ。 ある14歳少年の歌唱パフォーマンスがネット上を騒がせ、「非常にセクシーである」と評された。しかしその淫らな「パフォーマンス」は正常な人にとって見るに堪えないほど気持ち悪いものだ。14歳の少年なら天真爛漫で、勉学と体づくりに励むべきであるにもかかわらず、まったくその体をなしていない。最も恐ろしいことは、そのような下品なパフォーマンスにも大勢のファンがいることだ。道徳水準の下落により、中国本土では小学生など未成年者によるストリップショーやヌードショーの実況放送まで出現した。ある2005年生まれとされる少女は捜査員とWeChatを通して会話し、みだらな実況放送をしたのはお金のためではなくただ「面白い」からだと話した。そのうえ、彼女はクラスの中で最も多くのファンを持っていると自慢さえした。 「木を植え育て上げるには10年かかり、人を育てるには100年かかる」という中国の諺がある。中国共産党は物欲主義を鼓吹し、社会の善良な風俗を故意に悪化させることで、おびただしい数の少年少女を悪路へと導いた。この現状をどのように改善できるというのだろうか。 3)性道徳の崩壊 貞操な男女関係と正常な夫婦関係は、神の規定した人間の生活様式の中でも特に重要な部分である。『中庸』にも「君子の道は夫婦に始まるが、広くは天地をも包含するほどである」とある。性道徳の崩壊は国家衰退の前兆だ。  古代ローマ帝国の滅亡と古代都市ポンペイの壊滅も性道徳の崩壊と強く関係している。旧約聖書に登場するソドム市とゴモラ市は神によって壊滅させられたが、両都市では淫乱な風潮がはびこっていた。中国共産党による統治の最初の三十年間、社会においては禁欲主義を推進しつつ、共産党の高級官僚は淫らな生活を送り、毛沢東に弄(もてあそ)ばれた女性は千人にものぼるという。 80年代以降、中国共産党は政治面では厳格な統制を維持し続ける一方、私生活の面では意図的に民衆を欲望と堕落へと導いた。民衆を利己的で強欲な生き物に変えることにより、民衆は社会に対し興味を示さず関心を持つ能力すら失うのだと中国共産党は知っていた。そうすれば中国共産党はなりふり構わず振る舞うことができる。各階級の共産党官僚が愛人を持つのは言うに及ばず、一般民衆までが淫乱な風潮に流され、性道徳の大崩壊につながった。全国各地で風俗産業が勃興し、街には遊郭が立ち並んでいる。「マッサージ」「足洗い」「美容院」「出会い場」などがあり、種類の多さは世界でもまれに見るほどだ。統計データによると、中国の娼婦の数は2000万人にのぼり、専業娼婦も400万人に達する。中国の代表的なウェブサイトから「新華網」「人民網」といった中国共産党の公式なサイトに至るまで、性的欲望を掻き立てる情報や画像そして動画に満ち溢れ、回避するすべもない。 中国共産党官僚の淫乱な生活の腐敗度合を測るため、中国のネットユーザーたちは皮肉を込めて愛人コンテストを行った。愛人を競う競技は九項目に分かれ、官僚たちの愛人の数や愛人の学歴、学術水準、若さ、金遣いなどが競われた。中国共産党官僚の淫乱さは筆舌に尽くしがたい。 中国共産党は社会に対して極めて厳格な統制を敷いているため、淫乱なものを本気で取り締まるのであれば、今日の氾濫した状態になることはないだろう。中国人の性道徳を崩壊させることが中国共産党の政策方針であり、共産邪霊が人類を最終的に破滅させる重要な手段であるということが唯一の合理的解釈だ。…

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    『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 第六章(上)「憎悪」を国家の支柱とする 共産邪霊は主として「恨(うらみ)」によって構成される。「恨(うらみ)」は物質的存在で、生命力をもつ、つまり、「恨(うらみ)」は一種の生命である。共産邪霊を構成する…

    『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 第六章(上)「憎悪」を国家の支柱とする 共産邪霊は主として「恨(うらみ)」によって構成される。「恨(うらみ)」は物質的存在で、生命力をもつ、つまり、「恨(うらみ)」は一種の生命である。共産邪霊を構成する…

    共産主義の最終目的 『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 2019年06月17日 12時00分 第五章 邪霊が位を簒奪し文化が廃れる(下) 目次  序  1.超邪悪な拡大装置  2.人間を「人間でないもの」に変える中国共産党  (1)思想   ①伝統文化を何一つ知らず、道徳の真空状態   ②あらゆる悪事を働く狼同然の人間関係   ③騙し合いの人間関係”>③騙し合いの人間関係     ④「利益のみを追求する」価値観をはるかに超える   ⑤審醜の時代 (2)言語   ① ゾンビ化した「党話」   ②口を開けば嘘だらけ   ③大流行する無頼なことば   ④満ち溢れる汚い言葉 (3)礼節の欠ける行動 (4)人間にふさわしい身なりの皆無の怪物 序  「憎悪」を国家の支柱とする共産党 共産邪霊は主として「憎悪」によって構成される。「憎悪」は物質的存在で一種の生命であり、生命力をもつ。つまり、「憎悪」は共産邪霊を構成する根本的要素である。 「憎悪」は怨恨(えんこん)と異なる。怨恨は怨(えん・憎いと思う気持ち)が有って恨む。原因や理由があるがゆえに現すのに対し、「憎悪」は何の原因も理由もない。サタンのイエス・キリストに対する「憎悪」やマルクスの神に対する「憎悪」は邪悪の極まりの「憎悪」である。これは邪悪の命の維持、救世主への嫉妬、不倶戴天(ふぐたいてん・同じ天の下には生かしておかない意でそれほど恨みや憎しみの深いこと)の敵としての敵視、打倒し壊す意欲をもつ凶悪感情と腐敗物質である。 「憎悪」は神への反対と神の排除をもたらす。宇宙に存在するあらゆる生命は、それぞれ異なる次元があり、神は次元の高い生命であることを認めるがゆえに神を敬う。しかし、サタンは「憎悪」と嫉妬をもち、神が自己より次元の高いことを認めず、神に挑発したため下界へ撃ち落とされた。 共産邪霊は「憎悪」によって構成されている。また、苦心してそれを人々の心に注ぎ込み「憎悪」の物質的要素を人々の体のミクロの世界へ注ぎ込み、人々の生命の組織部分と化した。人々の人間性の中にある悪の部分、例えば嫉妬、争う、暴虐(ぼうぎゃく・むごいこと)、殺しを好む等がかき立てられてしまうのである。そのため、共産中国の物質的場の中で、すべてと言ってよいほどの人々がこの「憎悪」に包まれてしまい、ほとんどの人は全く自覚しない「憎悪」をもってしまうのである。共産邪霊が扇動、挑発すれば、すぐにも噴出しそうになるこの物質は、巨大な負のエネルギーと化し、人々の生活空間を素早く覆うことになる。「憎悪」は原動力として、暴力と殺戮(さつりく・むごたらしく多くの人を殺すこと)を催す。1870年代、ならず者により興(おこ)されたパリ・コミューン(パリ市の革命自冶体)は、共産主義者が暴力による政権奪取の理論を初めて実践し、マルクス、エンゲルスからその後の共産党党首レーニン、スターリンおよび毛沢東により再三誉めそやされるほどである。マルクスはパリ・コミューンの「経験」を総括する時、その失敗の原因は、まさにプロレタリアート(無産階級)の暴力で国家権力をぶち壊さなかったところにあるという。「プロレタリアートは単純に政権を奪取するだけでなく、暴力により現存するすべての制度をぶち壊さなければならない」。これこそが後になって、共産主義の根本的立場として祭りあげたプロレタリアート独裁暴力学説である。「憎悪」を推進したことにより、中国共産党は、「プロレタリアートによる独裁政権の下での継続革命」を推し進めた。 この「憎悪」は、共産主義の根本的源となる。この「憎悪」は嫉妬心と緊密に関連する。また、嫉妬心から絶対的平等主義を生み、すなわち、他のいかなる人も自分より良く、富むことを許さず、すべての優秀な人や出類抜萃(しゅつるいばっすい・才能などがずば抜けてすぐれている)の物事に恨みをもつ。共産主義が鼓吹(こすい)する「人々の平等」「天下大同」はまさにこの「憎悪」の現れである。多くの中国人が子どもを教育する時、向上するようにと人々を鼓舞する時、大抵人々の嫉妬心を唆(そそのか)す方法を用いて、「他人が自分にかなわない」ことを向上の原動力としてあおぐ。 共産党は「憎悪」をもって立国し国を治める。その大げさに宣伝している「愛国主義」は、実をいうと、「憎悪主義」である。「党」の辞書の中での「愛国」とは、米国を恨む、西側を恨む、日本を恨む、台湾を恨む、チベットを恨む、自由社会を恨む、普遍的価値観を恨む、「真・善・忍」を修める善良な人を恨む、中国共産党のいわゆる「敵」を恨むことを意味する。「愛党」とは、自己に挑戦してくる一切の人と物事を恨むことを意味する。 この「憎悪」は邪霊を構成する物質的要素であることや、邪霊により強制的に人の体に注ぎ込まれたことを、人々は知らないだけでなく、原因や理由もないこの「憎悪」を自己的感情と誤認しているほどである。この「憎悪」の物質は、今日の多くの中国人に暴虐の気質をもたらした。いかなる時にもいかなる場面でも爆発する可能性があり、その強度や大きさ、表現の悪毒さは、本人でさえ驚愕し不可解になるほどである。 中国共産党は、教育、メディア、芸術などさまざまな手段を通して、この「憎悪」の物質を広くまき散らす。若者や学生、民衆を貪欲的、悪辣(あくらつ)的、悪毒的な守るべき境界線をもたないろくでなしの狼子に変えてしまう。 1989年の天安門事件後に登場してきた江沢民はまさにこの「憎悪」の生まれ変わりである。『江沢民其人』という本の中で、彼の出どころを明らかにしている。秦王李世民(後の唐太宗)の弟李元吉はその兄李健成と手を組み玄武門で李世民の暗殺を企てたが、失敗に終わった。李元吉が死んだ後、その悪霊は自らの罪を償うため、生きることのない門に打ち込まれ、無間地獄(阿鼻地獄とも呼ばれる)にほうりこまれ、千年も時間をつぶしてからは、もはや先天的生命の形骸(けいがい)を具(そな)えず、整った考えももたず、嫉妬して恨むこと一筋の邪気しか残っていない。しかし、まさにこの一筋の邪気が千年を待った末に、共産邪霊に気に入られ、江沢民に転生した。中国共産党の党首になり、と同時に、「真・善・忍」を修める法輪功を迫害する悪の元凶となった。 「憎悪」は一種の物質である。「憎悪」から生まれる行為は、混とんとして、理性を欠く、ほしいままにふるまって何らはばからず、狂気的でいかなる結果も計らないものである。共産党はこの「憎悪」をもって世界を征服し、人類を含むすべてを滅亡させるが、この過程において共産党自身も壊滅させられるのも必然的結果であろう。これこそが共産主義の究極の目的とその実現方法である。…

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    『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 第五章 邪霊が位を簒奪し文化が廃れる(下) 茫々(ぼうぼう)たる宇宙の中、いかなる生命も神の掌握から逃れることはできない。神はこれらのことを見ている。邪悪な中国共産党と江沢民のやることなすこと全てが、天地と…

    『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 第五章 邪霊が位を簒奪し文化が廃れる(下) 茫々(ぼうぼう)たる宇宙の中、いかなる生命も神の掌握から逃れることはできない。神はこれらのことを見ている。邪悪な中国共産党と江沢民のやることなすこと全てが、天地と…

    共産主義の最終目的 『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』 2019年06月16日 23時15分  第五章(上)邪霊が位を簒奪し文化が廃れる 目次 4. 富ありて徳もある 内を修めて外を安定させる5. 人倫の典範と正気を抑え邪を崇める6. 伝統芸術は神を称え 邪悪な共産党芸術は魔を祭る7. 普遍的価値「真、善、忍」に対抗する中国共産党1) 普遍的価値が「無神論」のタブーを打ち破る2) 中国共産党邪教と江沢民が互いに利用しつつ、普遍的価値に挑む3) 「欲望」を以って普遍的価値を取り替える4) 正しい信仰に対する共産主義邪霊の迫害は必ず失敗する終わりに ****** 4.富ありて徳もある 内を修めて外を安定させる ****** 古人曰く、金銭は身体の外にあるものです。人々は皆このことを知っていますが、人々は皆これを求めています。壮年者は欲を満たすため、女性は見栄えのため、年配者は老後の心配をなくすため、知識のある者は名声のため、役人はこのために仕事に尽力する、等々。人々はそのような理由によって金銭を求めるものです。 甚だしい者は金銭のために争い、強者は危険をも冒します。怒りの収まらない者は金銭のために犯行に及び、嫉妬する者は金銭のために怒って死にます。民を富ますことは君主と大臣の役目ですが、拝金主義は卑しいことです。富はあるが徳がない者は衆生に害を及ぼし、富があり徳もある者は皆の望むところです。したがって富がある者は徳を広めなければなりません。 徳は生前に積むものであり、国王、大臣、巨万の富、貴い身分などはいずれも徳によるものです。徳がなければ得られず、徳を失えばすべてを失います。したがって権力や財産を得ようとする者は必ず徳を積まなければならず、苦を嘗めて善い行いをすれば多くの徳を積むことができます。そのためには必ずこの因果関係を知らなければならず、これをはっきりと理解することができれば、為政者と一般大衆は自制することができ、天下は裕福で平穏になります。     (李洪志「富ありて徳もある」、一九九五年一月二十七日) 人が徳を重んじなければ、天下は大いに乱れて治めることができません。人々は互いに敵対し合い、生きていても楽しくありません。生きていても楽しくないため、生死を恐れなくなります。老子は「民衆が死を恐れなければ、どうやって死をもって恐れさせることができるのか?」これは大きな脅威の到来です。天下太平は民衆の願いですが、もし法令を増やすことによって安定を求めようとするならば、逆効果でしょう。天下が太平ではないという憂いを根治するためには、遍く天下において徳を修めなければなりません。大臣が私腹を肥やさなければ汚職や腐敗は起こりません。民衆が徳と教養を修めれば、為政者と民衆が共に自らの心を修めることとなり、国家全体が安定します。民衆は心から為政者を慕い、国家のまとまりが強くなり、外敵を寄せ付けません。こうして天下の太平が保たれます。これこそ聖人の為すことです。 (李洪志「内を修めて外を安定させる」、一九九六年一月五日) ****** 伝統的な中国人は、「厚徳載物(こうとくさいぶつ)」と考え、徳は幸せと富みの根本であり、幸運や財産はみな徳から転化されるものだと思っていた。徳は水のようであり、富は船のようなものであるため、水が浅ければ船を浮かすことができないのだ。「徳がその位に釣り合わない」状態は、人に禍(わざわい)をもたらすとされていた。君主にとって、身を修め徳を重んずることは治世の根本である。君主や大臣が神と天を敬い、道徳が高尚であってはじめて、社会全体の人々を善へと導くことができ、国家を安定させ、社会の動揺と外敵の侵略を避けることができる。こうして国民が富み、安心して生活することができる。黄河が清くなり荒海が静かになるように、天下泰平に達するのだ。したがって、歴代の聖王はみな心を正し身を修めることを根本とし、「心を正すことをもって朝廷を正し、朝廷を正すことをもって百官を正し、百官を正すことをもって万民を正し、万民を正すことをもって四方を正す」。伝統的な王朝の先皇明主、たとえば伏羲、黄帝、堯、舜、禹、漢の武帝、唐の太宗、明の成祖、清の康煕帝などの統治手法は中華五千年の王者の道を成就した。 道徳は強い親和力をもっており、人々はそれに憧れ、尊び、親しく従い、自ら行うようになる。舜が堯によって歴山に派遣されるまで、歴山の人たちは土地を争って戦っていた。しかし舜の道徳的感化を受けて、一年後に歴山の人々の間には礼譲の気風が広まった。舜が新しい所に赴くたびに、その地方の民風が純朴となり、人々は彼の近くに引っ越してきた。舜が行く先々のところは、一年で村落になり、二年で都市になり、三年で都と称するにふさわしい規模になった。堯帝は舜に道徳の教化を担当させ、世の人に父義、母慈、兄友、弟恭、子孝という五倫に従わせるよう命じた。民衆は自らその五倫に従い、睦まじく暮らすようになった。こうして泰平な世の中になり、「天下の明徳はみな虞(ぐ)帝より始まる」(『史記・五帝本紀』)として知られた。 聖王は国を治める際に、常に国民の福祉を忘れなかった。貞観(じょうがん)六年(632年)十二月末、唐の太宗皇帝が死刑囚の監獄を視察した。間もなく新年を迎えるのに、家族にも会えず牢獄につながれたままの犯人たちを見て不憫(ふびん)に思った太宗皇帝は、死刑囚をみな家に帰し、翌年の秋に長安の監獄に戻って刑に服するよう命じた。死刑囚に約束を守ってもらうという決定は、砂上の楼閣にちがいないと思われていた。しかし、翌年の九月に、390人の死刑囚は護送なしに全員そろって長安に戻った。「みな時期通りに自ら朝廷に詣で、亡匿した者は一人もなかった」(『資治通鑑』)。太宗皇帝が誠実と信用をもって衆生を教化し感化したため、たとえ死刑囚であっても信用を守り、死刑を受けるために監獄に戻ったのだ。太宗皇帝はこれらの死刑囚たちに恩赦の減刑を施し、このことも千古の美談となった。 清の康煕帝はほぼ毎年、租税減免の措置を施した。康煕十八年、淮河の整備が終わり、元の氾濫区域が良田に変わったため、農民にそこで耕作するよう呼びかけた。康煕帝は、順天、江南、山東、山西、河南、浙江、湖広など被災した261の州・県の租税を免じた。当時、三藩の乱がまだ鎮まらなかったが、天災に遭った年のため、租税を免じることにした。朝廷は毎年、異なる地区を対象に租税免除の政策を実施した。康煕帝は在位していた六十二年の間、天下の租税を545回も免じ、その額は銀に換算すれば1.5億両に達する。それは当時の財政収入(銀換算で2000万~3000万両)の5倍から7倍に相当する。 聖王は民に恵みを施すのみならず、道徳を向上させようと民を教化した。道徳が高尚になれば、天は自ずと人に福を賜わるのだ。 聖王たちは世の人々のために千古にわたる加護、万世にわたる徳行を残した。明の成祖(永楽帝)が鋳造を命じた「永楽の大鐘」は、古今各種の鐘の集大成として「佛鐘の王」と呼ばれている。それは世界で最も重く、最も大きい佛鐘であり、鐘の表裏の至る所に佛教の経文が刻まれている。表には『佛説阿弥陀経』、裏には『妙法蓮華経』、縁には『金剛般若経』などが刻まれ、合計十七種類の経文が刻まれている。 『長阿含経(じょうあごんきょう)・闍尼沙経(じゃにしゃきょう)』の記述によれば、梵音(ぼんおん)には五つの特徴がある。「一つは、その音は正直である。二つは、その音は和やかで雅やかである。三つは、その音は澄み切っている。四つは、その音は深く豊満である。五つは、その音は遍く遠くまで響く。この五つを有するゆえ、梵音と名付けられる」。成祖は、梵音を伝える目的は、「普く衆生のために法輪を転じ」、「あらゆる十方衆生」を含む「普くあらゆることに利する」ためである、とその心を明らかにした。「永楽の大鐘」の音は、その音声や音義がいずれも梵音に合っている。この鐘を一回撞くと、「各々の字が鳴り響き」、遍く遠くまで響き渡る。鐘身に刻まれている二十三万字もの経文、佛号および梵語も、鐘の音とともに人々の耳に入り、人々の心にまで届く。佛法が人の世の物質の場に沁み込み、世の人を覚まし、仏法を広め、万民を善へと導く功力と功徳は実に測り知れない。 聖王の道を見た後に、共産党邪教の国を害する策を観てみれば、共産主義邪霊が道徳文化を破壊する邪悪な方法が明らかになる。中華五千年の文化を最もひどく破壊した中国共産党の首領・江沢民を例にして見てみよう。妖怪がごとき江沢民は、あらゆる邪悪さを備えており、凶悪、陰険、狡猾、残忍、暴虐、淫乱などの悪行は枚挙にいとまがない。江沢民は腐敗と汚職を統治の根本に据えたが、彼の共産党に対する最大の「貢献」は腐敗を制度化し、それを完備させたことだ。江沢民は進んで道徳を破壊する手本を示しただけでなく、法輪功学習者に対し残虐な迫害を行った官僚や、誰よりも汚職、腐敗、女遊びに興じる無能な者を抜擢してきた。江沢民派これらの者を使って善良な人々を弾圧し、邪気を助長させた。江沢民に抜擢された高官の中で、汚職や過度な淫乱などにより失脚した者は何百人もいる。このほか、江沢民の在任中には偽物や有害食品が横行し、北京を含む多くの都市が人間の居住に適さないほどひどく汚染されてきた。江沢民が発明した「金銭外交」は世界中に汚職と腐敗を輸出し、世界各国の政府と官僚を堕落させた。彼は『聖書』に描かれている「売春婦」のように、関係を持った者を漏らさずに罪の深淵に引きずり込んだ。邪霊は、諸々の邪悪を一身に集め、世を乱す化け物である江沢民を利用し、未来永劫復活することができない深淵に人類を突き落とそうとした。 江沢民が最高の権力を得られたのは、共産主義邪霊の「統治モデル」にとって必要だからだ。すなわち江沢民は、共産主義邪霊が全面的に社会の道徳を退廃させ、伝統文化を破壊するという目的を達成する上で最適な人物だったのだ。江沢民が年齢を理由にやむを得ず引退しても、邪霊は江沢民派の残党に政権の重要ポストを占めさせ、「真、善、忍」を迫害し、中国人の伝統的道徳を破壊し、ついには中華民族の存続する道を断ち切らせようと段取りしたのだ。むろん、それと共に共産党も自身の悪事によって崩壊に追い込まれてしまう。江沢民の邪悪極まる行為は、共産党の化け皮を剥がし、悪魔の身体を白日の下に曝した。同時に、共産主義邪党の墓穴もすでに掘られている。 5.人倫の典範と正気を抑え邪を崇める…