世論調査から見る、岸田内閣の苦境と若者の離れ方

岸田内閣が発足して3年が経ちました。2022年7月には参院選で大勝し、支持率も5〜6割に上昇していましたが、読売新聞の最新世論調査では、政権発足以降で最低の34%まで下落してしまいました。この支持率低下の背景には、若年層が政策に希望を持てないことが浮かび上がっています。自民党が参院選で大勝し、支持率が高まった時点で、若者の離れは既に始まっていたのです。

22年7月の参院選以降、浮き沈みが顕著に

この2年間の支持率は、安倍元首相銃撃事件と参院選があった22年7月を境に、安定期と不安定期に大別されます。2021年10月に内閣が発足してから22年7月までの安定期では、多少の増減はあるものの、5〜6割の高い支持率を維持していました。就任直後の衆院選でも圧勝し、新型コロナウイルス対応でも明確な失策はありませんでした。また、22年2月のロシアによるウクライナ侵略への政府の対応も高く評価され、支持率は安定していました。

政権発足から半年たった22年4月の内閣支持率は59%でした。読売新聞社の世論調査では、1978年以降の大平内閣以降の全内閣を比較しても、半年間にわたって5割以上を維持し続けたのは、岸田内閣以外では細川内閣、小泉内閣、第2次安倍内閣の3内閣だけでした。当時の読売新聞は「岸田内閣の安定感は異例と言える」と報じていました。

安倍氏国葬・マイナカードなどマイナス要因に

しかし、この年の7月8日、安倍元首相が参院選の街頭演説中に銃撃されて死亡し、2日後の参院選で自民党は大勝しました。直後の調査では、内閣支持率は発足以降で2番目に高い65%になりましたが、その後は安定感を失い、浮き沈みが続きました。

安倍氏の銃撃事件をきっかけに、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への対応や、国葬の開催が賛否を呼び、支持率に陰りが見え始めました。さらに、閣僚の不祥事や物価上昇もマイナスの要因となり、22年11月には支持率が36%まで低下しましたが、年明け以降は回復基調に入りました。

23年5月には広島市でG7サミットが開催され、日韓首脳会談や首相のウクライナ電撃訪問など外交成果がプラス材料となり、支持率はゆるやかに上昇しました。サミット開催時には政権発足時と同じレベルの56%に達し、衆院解散も噂されました。しかし、直後にマイナンバーカードを巡る問題や首相の長男に関する問題が発覚すると、再び支持率は下落し、10月には過去最低の水準まで落ち込みました。

安倍内閣の中でも支持率が最も低かったのは、17年7月の森友学園や加計学園を巡る問題で自民党が大敗した時の36%でした。また、退陣前の20年8月でも37%を保っていました。現在の岸田内閣の支持率はこれを下回る状況が続いており、政権は2度目の危機に直面しているのです。

ソースリンク: 日本ニュース24時間