米米CLUBの元メンバー、ジュリアーノ勝又(本名:勝又隆一)さんが亡くなられました。11月28日、ボーカルの石井竜也さんが自身のX(旧Twitter)でこの訃報を伝え、多くのファンが悲しみに暮れています。
石井竜也、深い悲しみの中で盟友を偲ぶ
石井さんは「勝又隆一さんの訃報が入りました」と報告し、米米CLUB時代から共に活動してきた盟友の死を悼みました。「ジュリアーノ勝又として米米CLUBの頃から一緒にやってきて、97年に米米を解散してからも、初期の頃を支えてくれたアレンジャーで、もう一度、勝又さん一緒に仕事をしたい!と、ずっと願っていました」と、無念の思いを吐露しています。
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常に笑顔で、音楽に温かい人柄を映した勝又さん
石井さんは、勝又さんの人柄についても触れ、「眉間にしわなんて見たことないくらい、いつもニコニコされている方」だったと振り返っています。米米CLUB時代には共に笑い合い、ソロ活動時にはその卓越したアレンジ力に感嘆したエピソードも披露。「勝又さんが紡ぐ音楽には、その温かい人柄が表れてました」と、故人の音楽への情熱と才能を偲びました。
音楽業界への貢献とALSとの闘い
米米CLUBは1982年に結成。「君がいるだけで」など数々のヒット曲を世に送り出し、一世を風靡しました。1997年に解散した後も、2006年に活動を再開し、現在も活動を続けています。勝又さんは、米米CLUBのサウンドを支えたキーパーソンの一人でした。
昨年10月には、自身のInstagramでALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症したことを公表。闘病生活を送りながらも音楽活動を続け、ファンに勇気を与えてきました。 今年5月には介護施設への入所を報告し、9月には施設での生活の様子を綴っていましたが、それが最後の投稿となりました。
心よりご冥福をお祈りします
「僕らは、彼の分も心に刻んで、これからやっていきます。心よりご冥福をお祈り申し上げます」と結んだ石井さんの言葉には、深い悲しみと、未来への決意が込められています。勝又さんの音楽と温かい人柄は、これからも多くの人々の心に生き続けることでしょう。
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彼の音楽は、これからも私たちに寄り添い続けてくれるはずです。 jp24h.comでは、今後も音楽ニュースをはじめ、様々な情報を発信していきます。