神武天皇、日本の初代天皇。その陵墓「神武天皇陵」は奈良県橿原市、大和三山の畝傍山北麓に位置する「畝傍山東北陵」として知られています。しかし、その場所は最初から決まっていたわけではなく、複数の候補地が存在し、奇妙な経緯を経て現在の場所に至ったのです。この記事では、神武天皇陵をめぐる歴史の謎に迫り、その選定過程を紐解いていきます。
候補地をめぐる論争：塚山、神武田、そして御陵山
神武天皇陵神武天皇陵の現在の様子。
江戸時代以前、神武天皇陵の場所は明確ではありませんでした。元禄年間(1688-1704)の「元禄の修陵」では、現在の神武陵から北へ300mほどの「塚山」が神武天皇陵とされました。しかし、当時から既に異論が存在し、「神武田」という場所も候補地として挙げられていたのです。
塚山現在は綏靖天皇陵となっている塚山。
国学者・松下見林の『前王廟陵記』(元禄11年刊)には、神武田が「糞田」と呼ばれるほど荒廃していた様子が記されています。しかし、この荒廃した「神武田」こそが、後に整備され現在の神武天皇陵となるのです。
「神武田」の名称の由来や読み方は様々で、「じぶの田」「じんむた」「シンム田」「ジムタ」、あるいは「ミサンサイ」など、地域によって異なっていました。また、この地は「霊威の地」として恐れられ、農作を避けられていたという逸話も残っています。伐採や耕作を試みた者が命を落としたという言い伝えは、神聖な場所としての印象を強めたのかもしれません。
国学者の異論：本居宣長と蒲生君平の主張
塚山、神武田以外にも、国学者・本居宣長と蒲生君平は別の場所を神武天皇陵と主張しました。それは、畝傍山の東北山腹にある「加志」または「御陵山」「丸山」と呼ばれる場所で、現在の神武天皇陵からは南に500mほどの距離にあります。
彼らの主張は朝廷や宮内省からは「異説」として退けられましたが、著名な学者の見解として一定の影響力を持っていました。
神武天皇陵の選定過程は、歴史の謎と様々な思惑が複雑に絡み合い、現在に至るまで議論が続いています。この記事を通して、日本の歴史の奥深さと、初代天皇を巡る謎の一端に触れていただければ幸いです。
