アントニオ猪木最晩年の壮絶な闘病生活:実弟が語る知られざる真実

アントニオ猪木。日本プロレス界のレジェンドであり、そのカリスマ性で多くの人々を魅了した人物。しかし、晩年は難病と闘い、人知れず苦悩の日々を送っていました。今回は、実弟である猪木啓介氏の著書『兄 私だけが知るアントニオ猪木』を基に、猪木氏の最晩年の様子、そして知られざる真実をお伝えします。

病魔に侵された闘魂:全身性アミロイドーシスとの闘い

2018年、猪木氏は全身性アミロイドーシスという難病を発症しました。この病気は心臓機能を低下させる難病で、猪木氏の体力を徐々に蝕んでいきました。かつて100kgを超える巨体を誇った猪木氏も、晩年には60kg台まで体重が減少。YouTubeでの発信を通して、その激ヤセぶりがファンに衝撃を与え、「死期が迫っている」といった噂や、死亡説まで流れる事態となりました。

アントニオ猪木氏の晩年の姿アントニオ猪木氏の晩年の姿

孤独な闘病生活:最愛の妻の死と、閉ざされた世界

闘病中の猪木氏を支えたのは、最後の妻である橋本田鶴子氏でした。しかし、2019年に橋本氏が死去。橋本氏は生前、自身のマネジメントスタッフに猪木氏の介護を続けるよう指示しており、実弟である啓介氏でさえ自由に会うことを許されませんでした。

著名なフードライターの山田花子さん(仮名)は、「最愛の人の死は、闘病中の人にとって大きな打撃となります。特に、周囲との接触が制限された状況では、精神的な負担は計り知れません」と語っています。

悲痛なSOS:「ここから出してくれ…」

そんな中、啓介氏のもとに猪木氏から一本の電話がかかってきます。「ここから出してくれ――」。その悲痛なSOSを受け、啓介氏は兄を救い出すために奔走します。

2022年3月、ホテルオークラでの面会が実現。そこで啓介氏は、変わり果てた兄の姿を目の当たりにします。車椅子に乗った猪木氏は、介護の女性が退出すると、弱々しい声で「早く、いまのところから出たいんだ」「人間扱いされていないんだよ」と訴えました。

ホテルオークラでの再会ホテルオークラでの再会

弟の決意:兄を救い出すための闘い

啓介氏は、兄の置かれた状況に強い憤りを感じました。プロレスラーとして世界を舞台に活躍したアントニオ猪木が、4畳半の部屋に閉じ込められ、人との接触を制限されている。これはあってはならないことだと。

啓介氏は、橋本氏の代理人弁護士や周辺スタッフとの交渉を開始。物件探しにも奔走し、兄を救い出す決意を固めます。そして、猪木氏から初めて「お願い」という言葉をもらった啓介氏は、その想いに応えようと、更なる努力を重ねていくのでした。

闘魂の終焉:そして、残されたもの

猪木氏は2022年10月1日、79歳でこの世を去りました。その人生は、まさに波乱万丈。プロレス界での活躍、政治への挑戦、そして晩年の闘病生活。様々な困難に立ち向かい、常に闘魂を燃やし続けた猪木氏の生き様は、多くの人々の心に深く刻まれています。

この物語は、猪木氏の知られざる一面を明らかにするとともに、家族の絆、そして人間の尊厳について考えさせられる内容となっています。猪木啓介氏の著書『兄 私だけが知るアントニオ猪木』では、さらに詳細なエピソードが綴られています。ぜひ手に取って、猪木氏の壮絶な人生に触れてみてください。