ロシアの軍事的脅威に直面する欧州の北大西洋条約機構(NATO)加盟国は、ドナルド・トランプ氏に歩み寄りを見せている。NATO国防相会合に出席したピート・ヘグセス米国防長官は6月5日、加盟国が今後10年間で国防費を現在のGDP比2%から5%に引き上げる目標について「合意に非常に近づいている」と表明した。これは、かつてトランプ米大統領が要求した「無理難題」が現実味を帯びてきたことを示唆している。ヘグセス長官は、今月下旬にハーグで開催される首脳会議での合意に期待を示した。
NATO国防費「GDP比5%」目標の詳細
ヘグセス長官は、加盟国は数週間のうちに5%の拠出を約束する見通しだと述べた。この5%のうち、3.5%はハード面の国防費に充てられ、残りの1.5%はインフラ整備と国防関連活動費に割り当てられるという。同長官は「この組み合わせが真のコミットメントとなる」と強調した。現在、ハード面の国防費で3.5%を上回るNATO加盟国は、ポーランドの4.32%のみである。
欧州の安全保障における米国の役割
出口が見えないウクライナ戦争や、トランプ氏の「脱欧入亜」があからさまになっても、米国の「核の傘」に依存する欧州の安全保障は米国抜きでは成り立たない。NATOの最も重要な目的は、欧州にとって「米国を巻き込み、ロシアを締め出す」ことであることに変わりはない。
ホワイトハウスへの復帰が現実味を帯びる以前、トランプ氏は欧州を動揺させた。デンマーク領グリーンランドを巡って武力行使も示唆したほか、西欧とカナダに国防費をGDP比5%に引き上げるよう強く要求したのだ。当時は非現実的と思われたこの要求が、今や現実の合意に近づいている。仏紙ルモンドによると、この目標達成には同盟国全体で1兆ユーロ以上の追加支出が必要となる見込みだ。2014年に設定された旧目標である2%達成国ですら、加盟国の3分の2に過ぎない現状を踏まえると、5%への引き上げはまさにトランプ氏の外交的勝利と言えるだろう。
抑止力強化への投資とウクライナ支援
[NATO国防相会合に出席するピート・ヘグセス米国防長官、国防費5%目標合意について言及]
NATOのマルク・ルッテ事務総長は、国防相会合の閉会後、「われわれの抑止力と防衛力を強化し、10億人の国民の安全を守るために今後数年間に投資すべき能力を正確に示している」と述べ、新たな国防費目標の意義を強調した。ルッテ事務総長は、同盟国がウクライナへの追加支援として今年だけで200億ユーロを超える拠出を約束したことを改めて確認し、ウクライナへのNATO支援の継続を表明した。また、ロシアだけでなく中国やテロの脅威にも言及し、「私たちは危険な世界に生きている」として大幅な軍備拡張を正当化した。
戦術核兵器と「核共有」の議論
こうした動きと並行して、これまで報復用ミサイル原潜による戦略(長距離)核のみを保有してきた英国が、6月2日に発表した新たな戦略国防見直し(SDR)の中で、低出力の米戦術核兵器B61-12を搭載可能なステルス多用途戦闘機F-35Aの調達も視野に入れていることを明らかにした。
NATOのニュークリア・シェアリング(核共有)の枠組みでは、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコが約100発のB61-3を共有している。トルコを除く4カ国ではF-35Aの配備が進められており、英国がこの枠組みに加わることで、戦術核の使用を示唆するロシアを抑え込む狙いがあると見られる。ルッテ事務総長は「核抑止力は同盟の安全保障の礎であり続ける」と強調。「平和を維持し、強制を阻止し、侵略を抑止するためにNATOの核能力が強固かつ効果的であり続けることを確保する」と述べた。米国が安全保障の軸足をアジアに移しつつあっても、核抑止力は米欧関係の要であり続ける点は不変だ。
ドイツ新首相とトランプ氏の関係
同盟国の中でいち早く5%目標への賛意を示し、合意への道筋をつけたドイツのフリードリヒ・メルツ新首相は、6月5日にホワイトハウスでトランプ氏と会談した。メルツ首相はトランプ氏の祖父の出生証明書のコピーを贈呈するなど、良好な関係構築に努め、貿易交渉の進展やロシアへの圧力強化への期待を表明した。安全保障の「タダ乗り」を決め込み、中露との経済的関係を重視していたアンゲラ・メルケル独首相(当時)とトランプ氏の相性は最悪だったが、メルツ氏はトランプ氏に受け入れられた形だ。欧州はトランプ氏の要求する「算術」を受け入れ、貿易戦争やウクライナ戦争といった難局を乗り越えようとしている。
Source: https://news.yahoo.co.jp/articles/9ac7a64a68493f1507a5f35a55b894e402e49fc8