創業220年の歴史を持つ京菓子店「亀屋良長」。八代目・吉村良和さん(51)と結婚した由依子さん(48)は、和菓子の素人ながらも、おみくじ付き懐中しるこ「宝入船」というアイデア商品で手ごたえを感じていました。京菓子の伝統を受け継ぐ一方で、新しい風を吹き込もうとしていた由依子さんでしたが、そんな矢先、夫の体に異変が訪れます。
京都の老舗京菓子店「亀屋良長」八代目の吉村良和氏と妻の由依子氏。
脳腫瘍との闘い、そして回復への道のり
由依子さんが長男を出産して間もない30歳の時、夫・良和さんの体に異変が見つかりました。診断は脳腫瘍。医師である由依子さんの父が危惧するほどの病状でした。由依子さんは一瞬母子家庭になる不安もよぎったものの、「死ぬイメージはあまりなかった」と言います。それは、良和さんが暗い顔を見せなかったことに救われたからです。
一方、良和さんは同じ脳腫瘍で母親を亡くしていたため、強く死を意識しましたが、由依子さんの支えが力になりました。「子供も生まれて楽しい時に、なぜこうなったのか」と落ち込みながらも、内にこもるタイプのため苦しみを表に出すことは少なかったといいます。入院中は毎日、由依子さんが体に良いものを調べて弁当を作り、見舞いに訪れました。部屋には子供を含めた3人の写真が飾られ、それが大きな支えとなりました。また、「どや?」と多くを語らずとも見舞いに来てくれた職長の山下さんの存在も、良和さんを助けました。
8時間に及ぶ手術は無事に成功。良和さんには後遺症が残ったものの、由依子さんは前向きでした。手術直後は言葉が出にくく、食べ物をこぼしたり、計算ができなかったりといった症状がありましたが、最も心配していた右手に麻痺が残らなかったため、職人として菓子作りを続けることができたのです。これが夫婦にとって、再び前を向く大きなきっかけとなりました。
亀屋良長のヒット商品「スライスようかん」。食パンに乗せて焼くなど、手軽さが人気。
事業の危機:数億円の借金と倒産宣告
しかし、夫婦にはさらなる試練が待ち受けていました。良和さんがようやく仕事に復帰した矢先、突然店の会計士に呼び出され、「このままでは店は潰れます」と宣告されたのです。経営は先代が行っていましたが、会計士は「これからは若い二人で店を立て直してください」と告げました。
バブル時代にビルを建て替えた際に抱えた数億円にも上る借金が、長引く赤字経営の中で重くのしかかっていました。由依子さんは、店の状況から儲かっていないことは薄々感じていたものの、示されたあまりに大きな数字に衝撃を受けます。「すぐに売り上げを伸ばすのは大変だ」と考えた由依子さんは、まず素人ながらに「無駄を省く」ことから始めようと決意しました。
苦渋の決断:人員削減と従業員との向き合い
無駄の見直しから始め、包装資材の相見積もりすら取っていなかったことが判明するなど、改善点が多く見つかりました。原材料のレベルは下げられないため、人件費のカットが不可避であるとの結論に至ります。
由依子さんは、これが「一番しんどかった」と振り返ります。良和さんと由依子さんの二人で、従業員一人ずつと面談を行いました。給料の一律カットを実施しましたが、特に給料が高かった気難しい職長には、より高い割合でのカットを伝える必要がありました。会社の良い時代を知っている職長にとって、予想もしていなかったことでしょう。しかし、現状を丁寧に説明すると、怒るどころか「そら大変やな、しゃあないな」と納得してくれたのです。この職長の理解は、夫婦にとって大きな救いとなりました。
困難を乗り越える夫婦の絆
脳腫瘍という生命の危機、そして数億円の借金による倒産危機。亀屋良長を襲った二重の試練に対し、吉村夫妻は真正面から向き合いました。由依子さんの献身的な支え、良和さんの困難な状況でも前を向く力、そして従業員、特に長年店を支えてきた職長の理解を得るという苦渋の決断。これらの要素が絡み合い、老舗再建に向けた第一歩が踏み出されたのです。
参照元
https://news.yahoo.co.jp/articles/3eeededde3e0e8d58c9b1ae4af31fb4ab509884b