英国、中国製EVに関税なしで門戸開放:自動車産業の未来と安全保障のジレンマ

英国では、米欧とは異なる中国製電気自動車(EV)への政策が注目されている。米国が中国製EVに関税率を100%に引き上げ、欧州連合(EU)も最大35.33%の追加関税を導入する中、EU離脱後の英国は基本的な10%関税のみを維持し、特別な追加措置を講じていない。この政策の下、中国のEV大手BYDが低価格帯の小型ハッチバック「ドルフィン・サーフ」を英国市場に投入する。報道によると、英国での販売価格は1万8000ポンド(約353万円)前後と見込まれており、これはフォルクスワーゲンの同型車種「e-UP!」の約2万5585ポンドと比較して破格だ。世界で最も売れているEVメーカーとなったBYDは、英国市場でのシェア拡大に意欲を示しており、販売責任者は「10年以内に英国市場でナンバーワンになりたい」と述べている。

英国市場への投入が報じられた低価格電気自動車「BYD ドルフィン・サーフ」英国市場への投入が報じられた低価格電気自動車「BYD ドルフィン・サーフ」

岐路に立つ英国の自動車産業

英国自動車製造販売者協会(SMMT)のデータによると、今年に入ってからの新車販売において、バッテリー電気自動車(BEV)を含む完全なゼロ・エミッション車(ZEV)は17万7487台と前年同期比で33.4%増加し、新車販売市場に占めるBEVのシェアは16.1%から20.9%に上昇している。しかし、英国の自動車生産台数は、EU離脱を選択する直前の年間200万台目標から、現在は76万7163台にまで落ち込んでいる。BYDなどの中国製EVに市場を奪われることは、英国の自動車産業がオーストラリアのように衰退する危険性をはらんでいる。

経済開放と安全保障のバランス

貿易摩擦を回避したい英国は、米欧中間の「トロイカ貿易」を目指している。レイチェル・リーブス英財務相は、世界第2位の経済大国である中国との経済関係を断つことは「愚か」だと発言しており、英国政府は「開かれた経済政策」と「安全保障」の間で微妙なバランスを取ろうとしている。

ZEV規制と関税の影響

英国では2024年から新車販売のZEV規制が導入され、乗用車の22%をBEVまたは水素燃料電池車にすることが義務付けられた。この規制は段階的に強化され、2030年にはガソリン車とディーゼル車、2035年にはハイブリッド車の新車販売が全面的に禁止される。規制違反の場合、メーカーには非ZEV車1台ごとに最大1万5000ポンド(後に1万2000ポンドに減額)の罰金が課される。このような規制がある中で、中国製EVへの門戸開放が英国自動車産業のEVシフトを加速させるのか、それとも衰退を招くのかは不透明だ。

「モーター・ファイナンス・オンライン」によると、英国の自動車生産はガソリン車、ディーゼル車、ハイブリッド車に集中しており、EUや米国のように保護すべき大規模なEV製造セクターが存在しないため、中国製EVに関税をかけることはEVの普及を妨げ、結果的に脱炭素化を遅らせる可能性があると指摘されている。

EVがもたらす安全保障上の懸念

世界のEV市場では、2023年に1710万台が販売され、そのうち1100万台が中国での販売だった。世界のバッテリー生産量の85%も中国に集中しており、新興国では中国製EVが市場シェアの70~80%を占める例もある。しかし、英国でのシェアは7%、フランス5%、ドイツ4%と、米欧市場では相対的に低い。

現代の自動車は、ナビゲーションシステムやテレマティクス機能、スマートフォンとの連携、さらにはソフトウェアを遠隔更新するOTA(オーバー・ジ・エア)アップデート機能を備えており、「車輪のついたコンピューター」とも称される。このため、国家安全保障上の懸念も指摘されている。リチャード・ディアラブ元英秘密情報部(MI6)長官は、中国製EVは遠隔操作で再プログラム可能であり、「いつでもロンドンを無力化できる」可能性を示唆している。

英国防省の対応

このような懸念から、英国防省は高度なセキュリティーが求められる基地周辺での、中国製バッテリーやセンサーを含むEVの駐車を禁止したと報じられている。また、国防関係者に対しては、EV内で政府高官や軍関係者が機密事項を話すことを避け、スマートフォンを接続しないよう注意喚起が行われたとも伝えられている。

ファーウェイの高速通信規格「5G」を巡る騒動と同様に、米国とは異なる英国の中国製EVに対する開かれた政策が、今後どのような波紋を広げるか注目される。

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