高速電波バーストが宇宙の「消えたバリオン」の謎を解明

宇宙には観測可能な恒星や惑星だけではなく、目に見えない「通常」物質、すなわちバリオンの大部分が「消えた」状態にあるという長年の謎がありました。この「消えたバリオン」がどこにあるのか、宇宙のかなたから届く強力な電波パルスである高速電波バースト(FRB)を用いて解明したとする画期的な研究結果が発表されました。米ハーバード大学の天文学者、リアム・コナー助教らのチームによるこの研究は、英オンライン専門誌「ネイチャー・アストロノミー」に報告されています。

「消えたバリオン」とは何か?

宇宙の大部分は、直接観測できない暗黒物質(ダークマター)と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)で構成されています。これらはそれぞれ宇宙の構造形成や膨張に関わります。残りの部分は、陽子や中性子からなる通常の物質であるバリオンです。しかし、望遠鏡で見える恒星や惑星、低温ガスを合わせても、宇宙に存在するとされるバリオンのわずか10%にも満たない量しか見つかっていませんでした。残りの大量のバリオンはどこにあるのか、これが長らく天文学における「消えたバリオン」問題として知られていました。従来、これらのバリオンのほとんどは、銀河と銀河の間に広がる希薄な銀河間物質(IGM)や、銀河を取り巻く銀河ハローに存在すると推測されていましたが、観測が非常に困難でした。

高速電波バースト(FRB)が解き明かす謎

この「消えたバリオン」の謎を解く鍵となったのが、ごく短時間だけ放たれる高速電波バースト(FRB)です。FRBは2007年に初めて検出されて以来、これまでに1000件以上が観測されています。チームは過去のデータに加え、新たに観測されたFRBも分析対象としました。研究に使用されたのは計69件のFRBで、発生源は地球から1174万光年から91億光年の範囲に及びます。特に、研究中に発見された「FRB20230521B」は、これまでで最も遠い91億光年先で発生したものでした。

FRBの電波が宇宙空間を進む際、ガスなどの物質を通過すると速度がわずかに遅くなります。この遅れ方は電波の周波数によって異なるため、周波数ごとの遅れのばらつき(分散)を精密に測定することで、電波が地球に到達するまでにどれだけの物質を通過したか、つまり通り道に物質がどの程度分布しているかを推定できるのです。高速電波バースト(FRB)がごく短時間で終わるパルスである点がこの手法の重要なポイントです。恒星のように常に光を放つ天体や、電波の特定の周波数帯から外れる現象では、このような正確な分散測定はできません。

米カリフォルニア工科大学のビクラム・ラビ助教は、この手法を「FRBをバックライトにして、あらゆるバリオンの影を見ているようなものだ」と説明しています。目の前の人を見ることで多くの情報が得られるように、人の影を見るだけでもその存在やだいたいの大きさがわかる、と例えています。

高速電波バースト(FRB)が銀河間物質(IGM)を通過する様子を描いた想像図高速電波バースト(FRB)が銀河間物質(IGM)を通過する様子を描いた想像図

研究結果とその示唆

チームは分析の結果、宇宙に存在するバリオンの分布を推定しました。その結果、バリオンの約76%は、これまで観測が困難だった高温・低密度の銀河間ガスとして、銀河と銀河の間に広がっていると結論付けました。さらに約15%は銀河ハローの中に存在し、残りの約9%が銀河内の恒星、惑星、低温ガスといった観測可能な形態として存在していると推定されました。この発見は、長らく行方不明だったバリオンの大部分の「隠れ家」を特定したことになり、「消えたバリオン」問題の解決に大きく貢献するものです。

結論

今回の研究は、遠方の宇宙現象である高速電波バースト(FRB)というユニークなツールを用いることで、長年の天文学上の謎であった「消えたバリオン」問題に有力な答えを示しました。バリオンの大部分が、これまで見えなかった希薄な銀河間ガスとして宇宙空間に存在していることが明らかになったのです。この成果は、宇宙の構造や進化を理解する上で重要な一歩となります。

参考文献

CNN.co.jp