36人が犠牲となった京都アニメーション放火殺人事件で、一審京都地裁で死刑判決を受け、控訴中だった青葉真司死刑囚(47)が自ら控訴を取り下げた。弁護側は大阪高裁にその無効を申し立てており、今後の動向が注目されている。死刑判決を受けた被告が自ら控訴を取り下げ、その有効性が争われたケースは過去にも存在する。今から34年前、1991年に藤間静波元死刑囚(2007年執行、当時47歳)が行った控訴取り下げを巡る審理は、現在の状況を理解する上で重要な先例となる。
藤間元死刑囚の犯行と一審死刑判決
確定判決によると、藤間元死刑囚は1981年から82年にかけ、金銭トラブルから神奈川県鎌倉市の男性を横浜市で殺害した。さらに、交際を断られた女子高生への逆恨みから、藤沢市の女子高生とその母、妹の3人を刺殺した。また、これらの犯行を手助けした少年も兵庫県で刺殺している。一連の殺人や窃盗罪で起訴された藤間元死刑囚に対し、1988年、横浜地裁は死刑判決を言い渡した。
控訴審での精神状態と取り下げの動機
藤間元死刑囚の二審公判は1989年7月に東京高裁で始まった。二審で弁護人を務めた岡崎敬弁護士は、当時の藤間元死刑囚について「まともなコミュニケーションが取れない状態だった」と振り返る。事件の動機や現在の心境についての会話も困難だったという。
岡崎弁護士によると、藤間元死刑囚は東京拘置所での面会の際、二審で採用された精神鑑定の実施を拒否する目的で「控訴を取り下げたい」と話すようになった。その理由を尋ねても具体的な説明はなく、「断固拒否したい」と繰り返すのみだったという。
1991年4月、藤間元死刑囚が控訴取り下げ書を提出しそうだと、拘置所から岡崎弁護士に連絡が入った。駆けつけた岡崎弁護士に対し、藤間元死刑囚は「世界で一番強い人が俺に指示している」などと述べた。岡崎弁護士は「控訴を取り下げたら、死刑が確定し、執行される」と説得を試みたが、明確な返答はなかったという。その後、藤間元死刑囚は控訴取り下げ書を提出した。
控訴取り下げの有効性を巡る高裁での審理
岡崎弁護士は、藤間元死刑囚が取り下げの意味を認識していなかったなどとして、控訴取り下げの無効を東京高裁に申し立てた。高裁は1992年、審理の結果、取り下げは有効であると認定した。岡崎弁護士の異議申し立ても1994年に棄却されている。
この高裁での審理においては、藤間元死刑囚本人への審尋が行われた。控訴を取り下げた動機について、彼は「世界で一番強い人に生きているのがつまらなくなるよう、魔法をかけられているので毎日が苦しい。控訴をやめれば、早く死刑になって楽になると思った」と供述したと記録されている。
控訴取り下げ理由を尋ねる東京高裁の審尋記録の一部。藤間静波元死刑囚が「世界で一番強い人」からの指示や「早く死刑に」と答えた内容が記されている。
また、訴訟能力の有無を調べる精神鑑定が3回実施された。鑑定人のうち2人は能力あり、1人は能力なしと判断し、意見は一致しなかった。しかし、3人全員が、拘禁反応や精神障害などの影響を指摘している。
最高裁による高裁判断の破棄
高裁の判断に対し、岡崎弁護士が特別抗告した。1995年6月、最高裁は高裁の判断を覆す決定を下した。最高裁は、藤間元死刑囚が判決の衝撃や公判審理の重圧により、拘禁反応による「世界で一番強い人」という妄想様観念を生じ、精神的苦痛から逃れることを目的として控訴を取り下げたと認定した。その上で、このような精神状態下での取り下げは「真意に出たものとは認められない」として、「取り下げは無効」との結論を下したのである。
先例が示す課題と制度改正への提言
最高裁が控訴取り下げを無効と判断したこのケースは、死刑判決を受けた者の精神状態が、控訴という重要な権利行使の有効性を左右しうることを示している。岡崎弁護士は、この経験から「安易に取り下げができないような制度に改正すべきだ」と提言しており、死刑囚の控訴取り下げを巡る現在の議論にも一石を投じている。青葉死刑囚の控訴取り下げが今後どのように判断されるかは、この藤間元死刑囚のケースが示した法的基準や精神状態の影響が重要な論点となる可能性がある。