読売新聞が提言した、皇室典範の規定改定による女性・女系天皇容認論「皇統の安定 現実策を」（5月15日付朝刊）は、大きな注目を集めました。しかし、政界では皇位継承に関する与野党協議において、自民党の麻生太郎最高顧問と立憲民主党の野田佳彦代表の意見が対立し、今国会での取りまとめは見送られています。このような状況を受け、「愛子天皇」の誕生を願う中世史研究者の本郷恵子氏が、実現への緊急提言を行いました。
中世史研究者である本郷恵子氏
歴史的視点から見る皇室と天皇
前近代、公家や武家の時代を通じて、宮中における男女の役割は明確に分かれていました。女性にも官位は存在しましたが、政治や社会的な役割は基本的に男性が担い、女性が大臣や大納言といった要職に就くことはありませんでした。女性皇族は、主に内廷で天皇や他の皇族の世話をする役割を担っていたのです。
けれども、天皇の位だけは異なりました。天皇の位は完全に世襲であり、その血統を受け継ぐ体や生理（生身の体に備わる条件）を絶対的な条件としていました。この条件を満たしていれば、たとえ女性であっても天皇になることは可能だったのです。これは、前近代において天皇が公的な役割を果たすとともに、公と私、内と外、表と奥といった様々な壁を越え、あるいは断絶に橋を架けられる存在であったことを示唆しています。
中世史研究者として、この天皇の特異な存在を示すものとして、歴史書『愚管抄』の「天皇は幽玄の境にいらっしゃって」という記述が思い起こされます。これは、11世紀後半に院政が始まる前の天皇の状態を描写したもので、政治は摂関家に任せ、天皇自身は外からは窺い知れない神秘的な存在として敬われていたことを示しています。このスタイルは戦前の昭和天皇まで基本的に続き、その下では国民に直接理解を求める必要はありませんでした。
現代に求められる天皇像と国民との関係
天皇と国民との関係を大きく変えたのが、ご高齢になってもなお被災地を訪れ、戦没者の慰霊を続けられた平成の天皇です。平成から令和へと続く現代の天皇は、かつての「幽玄の境」から一歩踏み出し、国民に寄り添う姿勢を示し、天皇という存在に対する国民からの合意と共感を育む努力を重ねてこられました。
今後もこの国民に寄り添う方針を継続するのであれば、旧皇族男子を養子として迎えるなどといった方策よりも、現在皇室にいらっしゃる方々を最大限に活かすことが重要であると本郷氏は指摘します。これまで公務に全身全霊で取り組んでこられた女性皇族が、ご結婚により皇籍を離れ、宮家を存続させられない一方で、新たに迎えられた男性がそれを担うという構図は、国民から見て違和感が大きいのではないでしょうか。具体的にどのように養子を取るのかという手続き上の疑問も残ります。
大阪・関西万博を視察される敬宮愛子さま
自然な皇位継承への提言：直系・長子優先と女性宮家
本郷氏は、皇位継承のあり方については、自然でシンプルで分かりやすい「直系・長子」を優先とすべきだと主張します。そして、女性皇族が公務のために「使い捨て」にされることのないようにすることが極めて重要であると強調します。自然な形で女性皇族に皇室に残っていただくためには、「女性宮家の創設」と、その「夫と子も皇族とする」ことをセットで実現するしかない、と具体的な方策を提示します。ただし、皇室全体の構成や皇族の絶対数なども考慮に入れ、男女を問わず皇籍を離れるという選択肢も柔軟に考えるべきだという補足も加えます。
歴史上、様々な危機や変化を乗り越え、長い年月続いてきた天皇制は、今日の社会状況に即した改変が加えられたとしても、それを受け入れ、新たな形で活かすだけの十分な力と柔軟性を持った仕組みであると、本郷氏は結論付けています。
【プロフィール】
本郷恵子（ほんごう・けいこ）／1960年生まれ、東京都出身。東京大学史料編纂所中世史料部教授。『院政 天皇と上皇の日本史』（講談社）など著書多数。
