鳥海彩氏、地域政党「再生の道」離脱を表明 都議選落選後の胸中

石丸伸二氏が代表を務める地域政党「再生の道」から先日行われた都議選に出馬し、惜しくも落選した鳥海彩氏(37)が、党からの離脱を自身のSNSで表明した。離脱の背景には、石丸代表の一部の熱狂的な支持者からの批判に加え、「再生の道」が掲げる政治参加促進という目標と、自身の「当選」という明確な目標との間にある方向性の違いがあったと鳥海氏は説明している。都議選を終えた今、鳥海氏が胸の内を明かした。

都議選に出馬した鳥海彩氏(左)と地域政党「再生の道」代表の石丸伸二氏(右)都議選に出馬した鳥海彩氏(左)と地域政党「再生の道」代表の石丸伸二氏(右)

落選、しかし「政治活動は続けています」都議選後の思い

鳥海彩氏が出馬した世田谷区の都議選には18人が立候補する激戦となった。鳥海氏は1万1537票を獲得したものの14位に終わり、当選には至らなかった。

鳥海氏は慶應義塾大学を卒業後、東海テレビ放送報道スポーツ局で記者として勤務した経験を持つ。その後はフリーアナウンサーを経て、2015年には気象予報士の資格を取得。シンクタンク職員としても勤めるなど多様なキャリアを積み、現在は楽天グループの社員として地域創生に関わる事業に携わっているという。また、私生活では3児の母でもある。改めて都議選の結果について尋ねると、彼女はこう語った。

「世田谷区内の候補者の中で一番の活動量を目指しチームで取り組みました。東京都のために政治家になって尽力したいと、絶対当選したいと思い取り組んできたので今回の結果にはすごく落ち込みましたが、日本を良くしていきたいという志のもと、今も街頭に立つなど政治活動は続けています」

小学生の頃から政治の書物を読んだり、大学でも政治学を勉強するなど、政治には長年強い関心があったという鳥海氏。20代の頃には自民党の政治塾に参加するなど模索してきたものの、子育てなどもあり、これまで具体的な第一歩を踏み出せないでいたという。

「今回、石丸さんに選んでいただき、都議選の候補者として政治活動・選挙活動をスタートできたことは私にとってはようやく踏み込めた第一歩で、石丸さん、『再生の道』の関係者のみなさま、ご支援いただいたすべての方に感謝しています」

気象予報士時代の経験を活かしSNSで情報発信する鳥海彩氏気象予報士時代の経験を活かしSNSで情報発信する鳥海彩氏

石丸代表の理念と鳥海氏の「脱石丸」作戦

石丸代表は昨年の都知事選の時から「政治屋の排除」を強く打ち出しており、新陳代謝を促進させ続ける意図から、「再生の道」は当選した場合の議員の活動期間を2期8年を上限とするルールを制定している。また、他党との掛け持ちも認め、議決に関して党議拘束はかけないという方針も打ち出していた。

鳥海氏は石丸代表の「議論をできる人を求めている」という言葉に感銘を受け、「再生の道」のオーディションに参加した経緯がある。都議選においては、看板やポスターに石丸代表の写真を使わず、「再生の道」という文字についても目立たないよう小さく記載する、党のシンボルカラーである紫色の服ではなくピンク色の服を着用するなど、意図的に“脱石丸”作戦を展開していたことも特徴的だ。

党代表・事務局との連携と独自の選挙戦

鳥海氏は、当初は石丸氏が全面的にサポートする選挙戦になるかと想像していたというが、実際には候補者たちは自分らしさのある選挙を求められていたと感じている。

「『再生の道』のオーディションに受かってから今日にいたるまで石丸さんと深くは話したことはありませんでしたが、事務局長の西岡さんがたっぷりと相談に乗ってくれましたので、安心でした。そうこうしている間に私の仲間も集まり出し、選挙戦のビジョンもでき始めました。石丸さんのサポートを待つのではなく、私だから応援してくれるという人もいましたので、自分の選挙を打ち出して動きたいと思って、自分なりの選挙戦略で動きました」

離脱の背景と今後の展望

鳥海彩氏は、石丸伸二氏率いる地域政党「再生の道」からの離脱を決断した背景として、一部支持者からの批判に加え、党の理念である「政治参画」という目標と、自身の「当選」という明確な政治目標との間に相違があったことを明かした。しかし、都議選への挑戦自体は、長年の政治への思いを具体的な行動に移せた「第一歩」であったと前向きに位置づけている。今後も政治活動を継続していく意向を示しており、彼女の今後の動向、そして「再生の道」が今後どのように候補者と連携していくのかが注目される。

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