防災無線メロディーと「2025年7月5日大災害説」:日本の日常と予言への反応

東京都渋谷区の住宅地・広尾では、毎日夕方5時になると童謡『夕焼け小焼け』のメロディーが街のあちこちのスピーカーから流れ出す。「夕焼け小焼けで日が暮れて/山のお寺の鐘が鳴る/お手てつないでみなかえろう/カラスと一緒に帰りましょ」という、誰もが知る童謡だ。かなりはっきりと大きな音量なので、家の中でテレビを見ている時も音楽が聞こえてくるほどである。日本のどこを旅していても、夕方5時ごろに耳を澄ませると、どこかのスピーカーから流れる『赤とんぼ』や『ふるさと』のような童謡のメロディーを聞くことができるだろう。

日本の静かな住宅街に響く夕方のチャイム・防災無線日本の静かな住宅街に響く夕方のチャイム・防災無線

最初、筆者はこれを軍国主義の残滓ではないかと誤解していた。一日の任務終了を告げる、軍隊の国旗降納式を連想したためだ。祝日であっても例外なく、365日毎日同じ時刻に公共のスピーカーから時報の音楽を流す理由など、どこにも存在しないと思い込んでいたのである。しかし、それは日本の災害対策基本法によって規定されている、防災無線設備のための音楽だったのだ。災害発生時にすべての住民が情報を聞くことができるように、日本中にスピーカーが設置されている。つまり、これは単なる「時報」ではなく、防災無線設備のテストを毎日実施しているのである。

メロディーに込められた意味:3.11大震災を経て

この時報メロディーは、2011年3月11日、日本中から姿を消した。約2万2000人の死者・行方不明者を出した東日本巨大地震が発生したこの日、防災スピーカーからは住民へ向けて津波警報や避難指示、余震の危険性といった災害関連情報が切迫して伝えられた。宮城県のような地震発生地域だけでなく、震災による直接的な被害とは無縁だった日本列島の他の地域でも、犠牲者への哀悼の意を示して時報メロディーの放送を停止した。東京では、東日本巨大地震の発生から1~2ヶ月後にようやく時報メロディーの放送が再開されたという。ある知人は、メロディーが再び鳴り響いた時、思わず涙が溢れたと語った。「地震のない平凡な日常生活を取り戻したという、『希望のシグナル』のように感じられたのです」と。

「2025年7月5日大災害説」と日本人の反応

現在、日本には「2025年7月5日に大災害が起こる」という説が広まっている。これは、漫画単行本『私が見た未来 完全版』に描かれた作者の予知夢に関する内容に起因するものだ。その漫画では、「その災難が起こるのは、2025年7月です」「日本とフィリピンの中間あたりの海底がポコンと破裂(噴火)したのです」「太平洋周辺の国に大津波が押し寄せました」といった予知夢の内容が詳細に記されている。夢で見たものを漫画にするというスタイルの漫画家であるたつき諒さんは、1999年に自身が見た夢を基に出版した漫画単行本『私が見た未来』の中で「2011年3月に大地震が来る」と予言し、実際に発生した東日本大震災を言い当てたとされる人物だ。たつき諒さんは4年前に改訂版となる『私が見た未来 完全版』を出版したが、今回の新たな予知夢は「2025年7月に大災害がある」という内容だったとされている。この改訂版は日本国内で100万部以上を売り上げるベストセラーとなった。

地震予知は、現在の科学では不可能だと広く認識されている。しかし、予言が現実となるかもしれないという不安が全くないわけではないだろう。それでも、多くの日本人たちはこの状況に対して淡々としているように見受けられる。筆者の周囲の人々は皆一様に、「地震が来るかどうかは誰にも分からないのだから、あまり心配しても仕方ない」と語りつつも、「念のためにミネラルウォーターは1・2ケースくらい買っておいたほうが良いかもしれないね」といった現実的な助言をする。

あたりまえの穏やかな一日が無事に終わりを迎えることが、一体どれほど貴重でかけがえのないことなのか、私たちは時として忘れてはいないだろうか。今日も午後5時、いつもの『夕焼け小焼け』のメロディーを聞きながら、日本人のあたりまえの日常生活が、予言されたような大災害によって壊されることがないよう、心から祈っている。

参考文献

  • 漫画『私が見た未来 完全版』たつき諒
  • 日本の災害対策基本法