国際研究チームが発表した最新の研究結果によると、太陽の100倍を超える質量を持つ二つのブラックホールが衝突・合体する現象が観測され、これは観測史上最大規模の合体とされています。この画期的な発見は、ブラックホール形成に関するこれまでの私たちの理解に新たな課題を突きつけており、「質量ギャップ」と呼ばれる未解明の領域に光を当てています。
重力波観測の進化と画期的な発見
この巨大な合体現象は「GW231123」と名付けられ、米国のレーザー干渉計重力波天文台(LIGO)がルイジアナ州とワシントン州で運用する観測装置によって、その衝突で生じた重力波が検出されました。重力波はアインシュタインが1915年に相対性理論の中でその存在を予測しましたが、その微弱さから直接観測は不可能だと考えられていました。しかし、2016年にLIGOが初めてブラックホール衝突による重力波を観測に成功し、この功績により貢献した科学者3名が翌年にノーベル物理学賞を受賞しました。
以来、LIGOに加え、イタリアのVirgo、日本のKAGRAといった重力波観測装置が連携し、これまでに約300件ものブラックホールの合体が観測されてきました。その中でもGW231123は、その規模だけでなく、ブラックホールの特性においても際立った存在です。
二つの巨大ブラックホールが衝突・合体する様子を概念的に描いたイラスト
GW231123が提示する「質量ギャップ」の謎
GW231123の特異性は、まずその構成ブラックホールの質量にあります。研究に参加した英ポーツマス大学のチャーリー・ホイ研究員は、今回の各ブラックホールが恒星の死によって形成されると予測される質量範囲から外れていると指摘します。さらに、どちらのブラックホールも物理学的な限界に近い猛烈な速さで回転していたことも確認されています。ホイ氏は、「GW231123は、ブラックホールの形成に関する私たちの理解に真の挑戦を突きつけている」と語っています。
重力波は、互いの周りを公転する二つのブラックホール、すなわち「ブラックホール連星」における衝突を観測できる唯一の手段です。LIGO科学コラボレーションに所属する英カーディフ大学重力探査研究所(GEI)のマーク・ハンナム氏は、「重力波による観測が始まる前は、ブラックホール連星の存在自体が疑問視されていた」と述べ、ブラックホールが光などの電磁放射線を出さないため、通常の望遠鏡では観測不可能であることを強調しました。
アインシュタインの一般相対性理論によれば、重力は時空のゆがみとして説明され、高速回転するブラックホールのように物体が激しく運動すると、その時空のゆがみが波紋のように外へ広がり、これが重力波となります。ハンナム氏によると、重力波から得られる情報は極めて微弱であり、例えばGW231123の地球からの距離は最大120億光年と推定されるものの、その正確な距離は特定が困難です。しかし、二つのブラックホールの質量が太陽の約100倍と約140倍であるという点については、ほぼ確実視されています。
ハンナム氏らは、恒星の崩壊によって生まれるブラックホールが、太陽の約60~130倍の質量を持つことは理論上あり得ない「質量ギャップ」と呼ばれる空白領域が存在すると指摘しています。これは直接観測された結果ではなく理論的な数値ですが、GW231123のブラックホールがこの領域内の質量であった場合、恒星の崩壊以外の別の過程で形成された可能性が高いと考えられます。ハンナム氏らは、これらのブラックホールが過去の合体によって形成されたという「ブラックホール合体の連鎖」シナリオを提示し、質量ギャップの謎を説明する可能性を示唆しています。
重力波天文学が拓く新たな宇宙の視点
本研究には直接関与していない米スタンフォード大学カブリ素粒子天文物理学・宇宙論研究所(KIPAC)のダン・ウィルキンス研究員は、「重力波天文学が誕生するまでは、物質を取り込み、強い光を放ちながら成長しているブラックホールしか観測できなかった」と語ります。彼は、重力波が私たちに示しているのは、それとは全く異なる、互いに合体することで成長するブラックホールの存在であると説明し、重力波天文学が宇宙の理解を深める上で不可欠なツールとなっていることを強調しています。
このGW231123の観測は、ブラックホールの形成メカニズムや宇宙における進化の理解を根底から覆す可能性を秘めています。今後も重力波観測技術の発展と共に、宇宙の深淵に隠されたさらなる謎が解き明かされることが期待されます。