日本の政治地図に異変:参政党の急伸と揺らぐ安定の背景

日本の政治はかつて、その安定性と予測可能性から「退屈」と評されることが多かった。しかし、2024年7月20日に行われた参議院選挙は、その認識を大きく覆した。これまでほとんど注目されてこなかった極右政党「参政党」が、公示前の2議席から15議席へと議席数を急増させ、日本政治における新たな主要勢力として台頭したのである。彼らが掲げる「日本人ファースト」のスローガンは、長年政権を担ってきた自民党、そして苦境に立たされる石破茂首相を大いに揺さぶっている。

石破首相にとって、この数週間は激動そのものだった。参議院選挙では、自らが率いる自民党主体の連立政権が過半数を失い、すでに昨年の衆議院で失っていた過半数を完全に手放す結果となった。これを受け、党内からは首相辞任を求める声が噴出している。米国との関税合意は一時的な経済安定をもたらしたものの、日本政治の混迷は深まるばかりだ。日本は世界でも有数の安定した民主主義国家であり、1955年以来、わずかな中断を除いて自民党が政権を担ってきた歴史がある。他国で見られるようなポピュリズムとは無縁とされてきたこの国で、今、戦後史上最も深刻な政治的課題が持ち上がっている。では、何がこの「退屈な国」を激しい政争の地へと変え、多くの人々を極右へと引き寄せたのか。

「コメ戦争」と生活苦:国民の不満の根源

日本の家庭はここ数年、インフレ、物価高騰、賃金の伸び悩み、そして景気低迷という厳しい経済状況と闘い続けている。特に顕著なのは、主食である米の価格高騰だ。昨年の2倍近くに跳ね上がり、一般的な5キロの袋がスーパーで4000円以上で売られる事態となっている。

この米価高騰は、2023年の不作による供給不足が主な原因とされているが、強い地震発生に伴う「巨大地震」への警戒呼びかけが、人々のパニック的な米の備蓄行動を誘発し、状況をさらに深刻化させた。テレビやソーシャルメディアでは、米を求めて人々が長い列を作る映像が繰り返し流された。

東京北部のスーパーで生後4カ月の娘と買い物をしていた30代女性は、「お米は私たちの主食で、いつも当たり前にあると思っていたけれど、これはみんなに影響している。私や赤ちゃんが食べるものだけでなく、みんなのビジネスにも影響する」と不安を口にした。「短期間でこんなに値段が上がって、とても驚いています」。同じスーパーの60代男性買い物客は、「高いけど買うしかない。米価は政府によって統制されている」と、選択肢がない状況を説明した。小泉進次郎農林水産相は米の価格引き下げとサプライチェーン改善を宣言しているが、価格の高止まり傾向は依然として続いている。これは、経済再生とインフレ抑制に奮闘する政府が直面する、多くの現象の一つに過ぎない。

「アメリカ・ファースト」から「日本人ファースト」へ:右傾化の波

日本では特に若者の間で、既存の政治状況に対するうんざり感が広がっている。参政党の集会に参加した若い女性有権者は、報道機関の取材に対し、現在の政治状況に「げんなりしている」と語った。別の若い有権者は、参政党がこれほど多くの支持を得た理由は単純で、自分たちの思いを代弁しているからだと述べた。

有権者の不満、そして怒りは、政治集会だけでなく、スーパーの通路でも容易に見て取れる。それが多くの人々を、「日本人ファースト」を掲げる政党への支持へと駆り立てた。しかし、作用したのはそれだけではない。米テンプル大学ジャパンキャンパスのアジア研究・歴史学教授であるジェフ・キングストン氏は、「ホワイトハウスやMAGA(Make America Great Again)の影響が多く見られると言えると思う」と主張する。「トランプは世界中の人々の根源的な部分に力を与えている」。

トランプ氏率いる共和党や世界中の右翼の運動・政党との別の類似点として挙げられるのが、移民に焦点を当てていることだ。日本は歴史的に移民の受け入れが非常に少なかった国だが、近年は増加傾向にある。昨年末の時点で日本で暮らしている外国人は約377万人に達し、前年比約11%増加と過去最多を更新した。

日本は急速な高齢化が進んでおり、移民に働いてもらい、税金を納め、増え続ける高齢者の世話をしてもらう必要があると考える人々が多い。しかし、これに異を唱える人々もいる。前出の若い有権者は、「ルールを守らない外国人が増えている」と主張し、税金など国民の負担が膨らんでおり、生活は一段と苦しくなっていると話した。

参政党は、外国人の受け入れを増やしている政策をめぐり、政府を強く非難している。朝日新聞によると、同党を創設した神谷宗幣代表は6月の会見で、「排外主義を言いたいんじゃない。外国人の受け入れのルールをしっかりと整えないと、国民が不安と不満を抱えている」と語った。また別の会見では、「外国人の社会保障や教育支援にお金をかけすぎなんじゃないかと不満を持っている国民もたくさんいる」と述べたという。自民党の福岡資麿厚生労働相は、政府が外国人住民を医療や福祉で優遇しているという主張に反論している。それでも、このメッセージは参政党のサポーターの心に深く響いている。朝日新聞の同じ記事では、同党のボランティア男性(54)が、「怖いですよね。外国人が暴れるかもしれない」と話している。具体的な問題があるのかと記者から問われると、この男性は特に実害はないと答えたという。この記事はまた、参政党の集会に子ども連れで夫と参加した主婦(35)の「参政党は他の党が言っていないことを言ってくれるから期待できる」という声も紹介している。

「迷惑な観光客」問題:円安と外国人増加の影

円安が日本の家庭の懐事情を圧迫する一方、何百万人もの外国人旅行者が日本で休暇を楽しみ、彼らがもたらすお金はこれまで流入しなかった場所にも届いている。日本への旅行者は大幅に増加しており、観光庁によれば、昨年は過去最多となる約3700万人が訪日した。

大半は中国や韓国など東アジアの国々からだったが、欧米からも相当数の旅行者が訪れている。旅行者に対しては、日本の文化や礼儀作法の規範に反する「無作法で無礼な振る舞いをしている」との批判が上がっている。昨年11月には、米国人旅行者(65)が東京・明治神宮の鳥居を落書きで傷つけた疑いで逮捕される事件も発生した。

山梨県富士河口湖町の住民らも昨年、富士山を撮影しようと交通ルールを破る旅行者らに対する強い不満を表明した。富士山のふもとにあるこの美しい町は、多くの登山者が拠点とするだけでなく、河口湖のほとりの美しさでも知られる。しかし町当局は、あえて視界を遮るスクリーンを設置するという異例の措置に出た。「ルールを尊重できない一部の観光客のために、このようなことをしなければならないのは残念だ」と町関係者は話した。生まれてからずっと同町で暮らしているという60代男性も当時、旅行者について、車をまったく気にせず道路を横切り、危険だと説明。ごみやたばこの吸い殻をそこらじゅうに捨てると、不満を漏らしていた。富士山の視界が遮られた後も、一部の観光客は自撮りする方法を見つけ出し、その一部の出来事は動画で撮影され、インターネットに投稿された。

虚偽情報の拡散と政治的利用:外国人を巡る論争

こうした不満が、有権者の参政党への投票へとつながり、ひいては同党を躍進させた。だが、それが公正な方法で行われたと、皆が思っているわけではない。アナリストの中には、参政党が一部の旅行者による迷惑行為やマナーの悪さと移民の問題を一緒にし、「大きな外国人問題」としてひとくくりにしていると分析する人もいる。

神田外語大学の国際学講師であるジェフリー・ホール氏は、「(参政党は)外国人が多くの犯罪を生み出し、社会の秩序を脅かしているという虚偽の情報を流した」と指摘する。「(同党は)また、外国人が不動産を買いあさっているという考えに固執している」。参議院選挙の投票日の直前には、石破政権もこの問題に言及し、外国人による「犯罪や迷惑行為」に対処するため、内閣官房に新たな組織を設置したと発表した。自民党も、「違法外国人ゼロ」という目標を掲げている。

参政党のルーツとトランプ主義:神谷宗幣のリーダーシップ

参政党は、新型コロナウイルスの大流行がピークにあった2020年に結党された。当初は、予防接種に関する陰謀論を広めるYouTube動画で注目を集めた。創設者の神谷宗幣代表は、元スーパーの店長であり、予備自衛官でもある。彼は自らの「大胆な政治スタイル」が、ドナルド・トランプ元大統領に影響を受けたと公言している。

神谷代表は、従来の政党に不満を持つソーシャルメディアの利用者らを惹きつけ、移民による「静かなる侵略」が起きているという警告や、減税、社会保障費の支出最適化の公約で支持を集めた。そして2022年の参議院選挙で、参政党の候補として唯一当選を果たしている。神谷代表は自身のYouTubeチャンネルの動画で、「ディープ・ステート」(軍事組織、警察、政治集団が特定の利益を守るために秘密裏に活動し、選挙で選ばれることなく国を支配しているという考え方)に言及している。動画の中で神谷代表は、「メディア、医療界、農業界、霞が関、各分野にディープ・ステートがいます」と発言した。

また、選挙運動でも論争を呼ぶ発言をし、それがソーシャルメディアで拡散された。コンサルティング会社「アジア・グループ」のアソシエイトである西村凜太郎氏は、「選挙運動が始まると、すべてのメディアとオンラインのフォーラムが『参政党』や物議を醸すような発言や政策を話題にした」と話す。神谷代表は、男女共同参画政策は「間違い」だったという発言でも批判を浴びた。女性に働くことを奨励し、子どもを産ませないようにしたというのが彼の見解だった。

彼は自らの姿勢を弁護した。ある報道機関とのインタビューでは、「日本人ファースト」という言葉は、グローバリズムに抵抗して日本人の生活を立て直すことを表現したものだと主張したという。また、外国人を完全に追放すべきだとか、外国人は全員日本から出て行けと言っているわけではないと説明したとされている。さらに、参政党は外国人嫌いで差別的だと批判されたが、メディアが間違っていて同党は正しいと、国民は理解するようになったと述べたという。

日本の政治集会で熱心に演説を聞く聴衆と日本国旗。参政党の台頭を象徴する光景。日本の政治集会で熱心に演説を聞く聴衆と日本国旗。参政党の台頭を象徴する光景。

政策を超えた「情熱」:参政党躍進の原動力

前出のキングストン教授は、神谷代表の成功は政策よりもその「情熱」によるところが大きいと分析する。「メッセージの内容より、その伝え方が重要だった」と同氏は語る。「情熱、感情、そしてソーシャルメディアだ。30代、40代の人々は、『私たちは変化を望んでいる。彼が言うことすべてに賛成ではないかもしれないが、彼は物事を変え、私の懸念に対処できる』と考えている」。

膨れ上がった若者層の支持者に加え、自民党の中核的な保守層の多くも、参政党支持に転じた。これは、自民党がもはや「右翼」と見られなくなったためだ。故安倍晋三元首相は、自民党の極右を代表する存在として有権者の支持をしっかり保っていた。しかし、その後継となった岸田文雄前首相や現在の石破首相は、自民党内で中道寄りの代表格とされている。キングストン教授は、「極右の有権者にとっては、家を失ったといえる。そうした人たちは、自分たちの立場をもっと熱烈に訴えてくれる人を求めている。そして神谷がその情熱的な提唱者になっている」と指摘する。

結論

アナリストらは、このポピュリズムの流れが日本の政治で長続きするかどうかを判断するにはまだ早すぎると口を揃える。参政党は政治に変化をもたらす「一服の清涼剤」と見なされているかもしれないが、まだ厳しい精査を受けていない。

政権与党の自民党は疲弊しているかもしれないが、それでも、いくつもの政治の嵐を乗り越えてきた巨大な存在だ。外交面では、自民党が最も経験豊富な政党であることに変わりはなく、不安定な世界秩序とアジア太平洋地域の情勢をうまく乗り切っていく必要に迫られている。国内的には勢いが落ちているものの、今のところ自民党に代わる有力な選択肢がないため、政治の中心から外れることはないだろう。

しかし、極右の参政党の成功は、新たな現実を突きつけた。有権者の支持を当然視することはもはやできない。日本は歴史的に安定を大切にしてきたが、新しい世代は変化に飢えている。それがどのようなものなのかは、まだ明らかではないにしろ。

参考文献

  • BBC News. (2024, July 29). The rise of Japan’s far right was supercharged by Trump – and tourists. (Original Article)
  • Yahoo News. (2024, July 29). 【解説】 日本での極右の台頭、トランプ大統領と外国人旅行者によって急加速. (Japanese translation of original article)
  • 朝日新聞. (引用された神谷代表の発言や世論調査に関連する記事)
  • 観光庁. (外国人訪問者数に関するデータ)