ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)への深い反省から、イスラエルへの支持を「国是」としてきたドイツが、歴史的な転換点に直面しています。パレスチナ自治区ガザにおける深刻な人道危機を受け、ドイツ国内ではイスラエルに対する批判の声が日増しに強まっており、政府は対応に苦慮しています。英国やフランスなどがパレスチナ国家承認の動きを見せる中、ドイツ政府は静観を保っていますが、イスラエルへのさらなる圧力強化を求める国内世論を無視できない状況です。
ガザ情勢がドイツ社会にもたらす変化
ベルリンでの抗議デモと市民の声
7月19日、ベルリンの賑やかな繁華街では、警察官による厳重な警備のもと、イスラエルの軍事行動に抗議するデモが実施されました。参加者たちは「パレスチナを解放せよ」と繰り返し、その怒りを表明しました。デモに参加したザシャ・クルハービッチさん(52)は、「イスラエルがガザで行っていることは、人権を無視した犯罪行為だ。見て見ぬふりはできない」と強い憤りを示しました。ガザ地区での飢餓が深刻化するにつれて、ドイツ国内ではこの夏、大規模な抗議デモが拡大し、アラブ系住民以外の参加者も目立つようになりました。
ベルリンでガザ地区の人道危機に抗議するデモ参加者たち
「国是」としてのイスラエル支持と変化する世論
ドイツ社会は、ナチスの負の歴史から学び、過ちを二度と繰り返さないという誓いを代々受け継いできました。そのため、イスラエルを批判すること自体がタブー視される風潮も存在し、発言や文脈によっては反ユダヤ主義とみなされ、扇動罪などで罰せられる可能性があったため、多くの国民は意見表明を控える傾向にありました。
しかし、ガザ情勢の悪化に伴い、この民意に変化が見られ始めています。6月の世論調査では、イスラエルの軍事行動を「行きすぎ」だと答えた国民が63%に上りました。さらに、7月29日に実施された別の世論調査では、ドイツ政府がイスラエルに対し、より厳しい態度を取るべきだと回答した人が74%を占める結果となりました。
ショルツ政権の苦悩と外交的対応
首相の苦言と人道支援の実施
こうした世論の変化を受け、オラフ・ショルツ首相は7月18日、イスラエルの軍事行動について「もはや受け入れられない」と苦言を呈しました。さらに、同月28日には飢餓に苦しむガザ地区で支援物資の空中投下を行うと発表し、人道状況の改善と停戦の実現をイスラエルに強く迫る姿勢を見せました。
「二国家解決」とドイツの立ち位置
しかし、ドイツ政府は「国是」という歴史的縛りにより、イスラエルに対して効果的な外交的圧力をかけることが難しい状況にあります。先進7か国(G7)の中でも、英国、フランス、カナダはすでにパレスチナの国家承認に動いていますが、ショルツ政権はイスラエルとパレスチナが共存する「二国家解決」の最終段階で承認すべきだとの立場を堅持し、早期承認には依然として否定的です。当面の間は、二国家解決に向けた対話をイスラエルに促していく考えを示しています。
結論
ドイツは今、歴史的な責務と、ガザ人道危機、そして国内世論からの圧力との間で板挟みとなり、そのイスラエル政策は重大な転換期を迎えています。長年培われてきた「国是」に縛られつつも、増大する批判の声と人道的な要請に応えるための政府の苦悩は深く、今後のドイツの外交的立ち位置と対応が国際社会から注目されます。この複雑な状況の中、ドイツがどのような道を歩むのか、引き続き注視していく必要があります。
参考文献
- AP通信
- 読売新聞