今年1月から6月までの訪日外国人が初めて2000万人を突破し、年間では推計4000万人もの外国人が日本を訪れる見込みです。この活況の陰で、各自治体の観光地ではオーバーツーリズム対策が喫緊の課題となっています。特に国内屈指の観光エリアである岐阜県飛騨地方では、ユネスコ世界文化遺産に登録された合掌造り集落が人気の白川村や、古い町並みが有名な高山市に多数の外国人観光客が押し寄せ、交通渋滞や観光客のマナーに関する問題が常態化しています。このような喧騒を横目に、同じ飛騨地方に位置しながら異なる道を歩んでいると評される飛騨市とは対照的に、高山市は新たな局面を迎えています。
飛騨地方、古い町並みが人気の高山市。オーバーツーリズムの影響を受けつつも魅力的な風景を保つ
訪日観光客急増がもたらす地方の課題
人口1500人に満たない白川村には、年間で実に200万人もの観光客が押し寄せ、そのキャパシティをはるかに超える状況が続いています。同村では、人気イベントへの予約制導入や「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」の呼びかけなど、多角的なオーバーツーリズム対策に追われています。
同じく飛騨地方の高山市もまた、年間外国人宿泊客数が約77万人(2024年)に達し、前年の約45万人から大幅に増加しました(高山市外国人観光客宿泊統計より)。高山市は30年以上にわたり地道な海外プロモーションを行ってきた「観光先進自治体」として知られ、今日の活況はその努力が実を結んだ形と言えます。しかし、かつての町の姿を知る日本人からは、「久しぶりに訪れたら昔と雰囲気がすっかり変わってしまった」と寂しさを訴える声も聞かれるようです。飛騨地方の観光政策に携わるある自治体関係者は、こうした心情を代弁しています。
地域社会を「浸食」するオーバーツーリズムの影
外国人観光客の急増が引き起こす問題は、目に見える混雑やマナーの問題だけにとどまりません。高山市では、住民の日常生活が少しずつ「浸食」されていくという静かな現実が進行しています。具体的には、空き家や廃業したホテルが外国資本によって買収され、次々とホテルやゲストハウスへと建て替えられる光景が散見されます。
自治体関係者によると、「気づいたら隣の家に突然キーボックスが設置されていて、知らない外国人が頻繁に出入りするゲストハウスになっていたり、近所の行きつけの居酒屋が外国人で“貸し切り状態”になっていたり……といった話をよく聞く」とのこと。こうした外国資本の流入は、地域の雇用環境にもじわじわと影響を及ぼし始めています。外資系ホテルの求人では、清掃スタッフでも時給が1500円を超えるケースがあり、これは岐阜県の最低賃金(1001円)の約1.5倍に相当します。これにより、昔から町の飲食店で働いていた地域住民が、より高賃金の外資系ホテルへと流出する現象が起きています。ただでさえ人口減少で人手不足が深刻な地方において、一人でも熟練スタッフが抜ければ、その店舗や施設が機能不全に陥るおそれがあります。
このような状況に対し、自由な経済活動である以上、行政が介入することは非常に困難なのが実情です。しかし、このまま推移すれば、気づいたときには街の姿が完全に変貌してしまっていた、という事態にもなりかねません。
高山市が直面しているこれらの課題は、訪日外国人増加の恩恵を享受しつつも、地域社会の持続可能性と文化の保存という、より深い観光問題への警鐘と言えるでしょう。単なる観光客数の増加だけでなく、その質と地域への影響を見極め、適切なバランスを見出すことが、これからの観光地経営において不可欠となります。