欧州BEV販売好調の背景:CSRD規制が企業フリート車両の電動化を加速

ACEA(欧州自動車工業会)が発表した今年上半期(1月〜6月)の欧州におけるバッテリーEV(BEV)販売台数は、EU(欧州連合)、EFTA(欧州自由貿易連合)、英国の合計で128万3680台に達し、前年同期比26.3%と大幅な伸びを示しました。このうち乗用車は119万0346台で同24.9%増、小型バンを中心とした軽量商用車(LCV)は9万3334台で同47.5%増となっています。欧州でBEV販売がなぜこれほど好調だったのかを深掘りすると、その背景には欧州の厳格な環境規制が強く影響している事実が浮かび上がります。

EUのCSRD(企業持続可能性報告指令)とは何か?

欧州でBEV販売が好調な最大の理由として挙げられるのが、EUのCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業持続可能性報告指令)規制です。この規制は企業に対し「脱炭素のためにどのような努力をしているのか」を詳細に報告させる制度であり、昨年から段階的に適用が開始されました。市場調査会社の分析によれば、このCSRD規制が企業に対して「半ば強制的にBEVを導入しなければならない状況」を生み出していると指摘されています。

CSRDは、企業のCO₂排出量を把握するための「スコープ1」から「スコープ3」までの3つの項目に分類されます。スコープ1は、企業が直接排出するCO₂を指し、自社で購入・消費した燃料による排出が該当します。具体的には、企業活動に用いられる会社名義の車両(社有車)からの燃料消費によるCO₂排出がここに含まれます。スコープ2は、購入した電力などによる間接的なCO₂排出で、リース契約で借り受けた車両や機械からのCO₂排出もこのスコープに分類されます。そしてスコープ3は、企業のサプライチェーン全体からの間接排出であり、スコープ1と2に含まれないすべての排出がカウントされます。これには、従業員に貸与され通勤などに使用されるカンパニーカーからの排出も含まれます。

フリート車両とカンパニーカー:欧米での定義とCSRDにおける扱い

欧州市場で急成長するバッテリーEVの車両欧州市場で急成長するバッテリーEVの車両

企業や自治体、レンタカー会社などが複数台保有または契約する業務用車両の集合体は、欧米および日本においても「フリート(fleet)」と呼ばれ、その個々の車両が「フリート車両」とされます。レンタカー会社を含む「法人向け販売」は、フリートセールスとして認識されています。

フリート車両には、企業が所有する「社有車」と、リース契約で借り入れている車両が含まれます。欧州のCSRDにおいては、企業が直接所有する社有車はスコープ1に分類され、リース契約で借り入れている車両はスコープ2に分類されます。

VW ID.4/ID. Crozz生産ライン:企業が脱炭素化を推進するBEV導入の象徴VW ID.4/ID. Crozz生産ライン:企業が脱炭素化を推進するBEV導入の象徴

欧州で一般的な制度である「カンパニーカー」は、管理職社員などに貸与され、私用を含む自由な利用が許された車両であり、これもフリート車両の一部です。しかし、CSRDでは、カンパニーカーが「通勤および業務だけでなく私用もできる点」や「福利厚生の一部」であるという特性を考慮し、ここからのCO₂排出はスコープ1ではなくスコープ3にカウントされます。また、カーシェアリングのように一時的に利用する車両からのCO₂排出もスコープ3に分類されます。欧州において、カンパニーカーは従業員に私用も含む形で貸与される社有車またはリース車両であり、たとえ会社名義の車両であっても、従業員に貸与された時点でスコープ1ではなくスコープ3としてのカウントが適用されます。

一方、米国ではEUのスコープ分類を導入した脱炭素報告制度の導入が検討されています。米国におけるカンパニーカーは一般的に業務専用車全般を指すことが多く、欧州のような私的利用を含む貸与制度を導入している企業は少ないため、フリート車両全体をカンパニーカーとしてスコープ1に組み入れる案が有力視されています。しかし、バイデン政権下でCSRD導入が議論された際、多くの州で反対が多数を占めました。唯一、カリフォルニア州のみが州議会で導入を決定し、2026年以降の実施方針を打ち出していますが、その実際の施行については依然として不透明な状況です。

まとめ

欧州におけるBEV販売の顕著な伸びは、単なる市場のトレンドにとどまらず、EUのCSRD規制という明確な政策的推進力が背景にあることが明らかになりました。企業が脱炭素目標達成のためにフリート車両の電動化を加速させているのは、この規制への対応が不可避となっているためです。スコープ1からスコープ3にわたるCO₂排出量の厳格な報告義務は、特にカンパニーカーの定義と取り扱いにおいて、企業戦略に大きな影響を与えています。この動きは、今後の自動車市場、特に商用車セクターにおける電動化の方向性を決定づける重要な要素となるでしょう。


参照元

  • ACEA(欧州自動車工業会)
  • 欧州連合(EU)のCSRD関連情報
  • 米国における排出量報告に関する関連動向