「スマートフォンを見ていたらあっという間に2時間経ってしまった…」「気づけば一日が過ぎていく」。現代社会において、スマートフォンやSNSの普及は私たちの生活を豊かにする一方で、このような時間感覚の喪失や疲労感をもたらすことがあります。特に、熱心なファン活動、いわゆる「推し活」は、喜びや生きがいとなる反面、常に新しい情報を追いかけなければならないというプレッシャーから、知らず知らずのうちに推し活で疲弊してしまうケースも少なくありません。
本記事では、年間200冊もの書籍デザインを手がける人気デザイナーであり、著書『時間のデザイン』でも知られる井上新八氏に、ご自身の新著『とっぱらう――自分の時間を取り戻す「完璧な習慣」』の内容も踏まえつつ、情熱を傾ける対象との健全な向き合い方、そして心身の健康を保ちながら趣味を楽しむための時間管理術について、特別にお話を伺いました。
スマートフォンに没頭し、画面を見つめる人物の様子。現代社会におけるデジタルデバイス利用の象徴。
「いいときだけ」のファンになるという戦略
井上氏は、趣味活動で疲弊しないための重要な戦略として、著書『とっぱらう』で紹介されている「いいときだけ」のファンになるという考え方を提示します。これは、スポーツファンの例で説明されており、試合結果に一喜一憂し、時間だけでなく感情的なエネルギーも消費してしまう状況を避けることを提案しています。例えば、チームの調子が悪い時には無理にニュースを追わず、プレーオフのような特別な時だけ観戦するなど、適度な距離感を保つことで、チームへの愛情はそのままに、自分自身の感情を消耗させないようにするのです。
この考え方は、井上氏自身のライフスタイルにも通じるものがあります。彼は毎日70近い習慣を続けていますが、それぞれに「5分程度でできること」以上のこだわりは持たないと言います。例えば、人気ゲーム「どうぶつの森」に登場するキャラクター「ララミー」が好きですが、1日に5分しか話さず、会わない日もあるとのこと。さらに、関連グッズがほとんどないため、お金を使う機会も限られていると語り、無理なく趣味を楽しむ姿勢を示しています。これは、健全な推し活を維持するためのヒントとなるでしょう。
無駄な時間に没頭する「小さく始める」コツ
井上氏は、自身の「推し活」に近い習慣として映画鑑賞を挙げます。月に20本近く映画館で観るほどの熱量ですが、無限にお金を使えるわけではないため、1日1本に限定したり、好きな作品のBlu-rayをたまに購入する程度で、マニアックなコレクションには手を出さないそうです。これは彼が元々物欲が少ないタイプであることも影響していますが、彼の主張の核心は「無駄なことに没頭する時間は、実は一番楽しい」という点にあります。
しかし、その「没頭」もやりすぎると「好きだけど、疲れる」という矛盾した感情を生み出します。そのような時にこそ、行動を「小さくする」のがコツだと井上氏は強調します。例えば、「推しの動画を5分だけ観る」とか、「新しい投稿に1つだけ“いいね”する」といった具合です。このように“好き”を小さく切り出して楽しむことで、疲れを感じることなく心を充足させることができます。デジタルデトックスにもつながるこの方法は、趣味に依存せず、ストレス解消としての役割を最大限に引き出すための実践的なアプローチと言えるでしょう。
まとめ
現代社会において、スマートフォンやSNSがもたらす情報の洪水、そして「推し活」のような情熱を傾ける活動は、私たちの生活を豊かにする一方で、知らず知らずのうちに心身の疲弊を招く可能性があります。しかし、井上新八氏が提唱する「いいときだけ」のファンになる戦略や、「小さく始める」という実践的な習慣化のコツを取り入れることで、趣味を健全に楽しみ、心身のバランスを保つことが可能です。
情熱の対象とは、適度な距離感を保ち、感情や時間を賢く管理することが、結果として長く、そして質の高い形で趣味を享受するための鍵となります。これは、単なる推し活に留まらず、現代人が情報過多な社会で生活の質を高めていく上での重要なヒントとなるはずです。