近年、大手企業を中心に新卒の初任給が高騰している。サイバーエージェントの大卒総合職初任給が約42万円に設定されるなど、その動きは顕著だ。これは、就職氷河期とは異なり、若者人口が減少の一途を辿っているためである。団塊ジュニア世代が1学年あたり200万人以上いたのに対し、現在の20歳前後の世代は約100万人程度に半減しており、今後もこの減少傾向は続くと予測されている。結果として、企業間での若手人材の獲得競争が激化し、若者の市場価値が高まっていると見られてきた。
若者優位の労働市場に忍び寄るAIの影
かつて、若者論はしばしば「若者バッシング」の文脈で語られてきた。しかし、最近の「Z世代」に関する議論では、彼らの新しい価値観や働き方を肯定的に評価する論調が主流となっている。若手人材が希少化するにつれて、その価値が上昇し、労働市場における若手の給与や待遇が改善されるという見方が一般的だった。しかし、この流れに変化の兆しが見え始めている。その最大の要因は、急速な進化を遂げる人工知能(AI)の存在だ。
AI時代に再評価される「ベテラン人材」の真価
AIにできることは日々増え続けており、特にプログラミングや法律といった分野ではAIとの相性が非常に良い。しかし、現状ではAIに全てを任せることは不可能であり、適切な指示を出す人間の役割が不可欠となっている。この状況下で、経験豊富なベテラン人材が再注目されているという。あるIT企業経営者は、「プログラマーは50代のフリーランスを雇うのが良い。新卒を雇うよりも安上がりで、成果も期待できる」と語る。
専門家・古市憲寿氏の肖像。AI時代の労働市場変動を分析する社会学者。
50代のプログラマーは体力面で劣るとされ、進化の速いIT業界では「40歳定年説」さえ囁かれた時期もあった。だが、AIを適切に活用できる50代のベテランは、非常に使い勝手が良いと評価されているのだ。さらに、彼らは長年のキャリアを通じて「ブラック労働」にも慣れている世代だという指摘もある。数十年前のIT業界は黎明期であり、労働環境は過酷で、時間に関係なく働く若者が多かった。そうした経験が、現代においてAIとの連携をスムーズにする要素となっているのかもしれない。
「働き方改革」とAIがもたらす新たな労働力学
時代は移り、「働き方改革」が推進され、労働基準法への意識が高まり、ホワイト企業が増加した。これはワークライフバランスを重視する若手社員が増え、納期の直前でも有給休暇を取得することに抵抗がなくなった、といった良い変化を生んだ。こうした働き方改革の進展は、限られた人材を巡る企業間の競争を促し、労働者の待遇改善や非効率な企業の淘汰につながると考えられてきた。しかし、もし24時間不平を言わず働き続け、何十回の修正指示にもパワハラだと訴えず、しかも誰よりも優秀な労働者が現れたとしたらどうだろうか。
その「理想の労働者」こそがAIである。実際に、一部の先進的な企業では、すでに新卒採用を絞る動きも見られる。若手人材がもてはやされる時代は、思ったよりも早く終わりを迎えるのかもしれない。
近未来の世代間対立:AIと肉体労働の分断
ただし、全ての仕事をAIが代替できるわけではない。ロボティクス技術の進化は、AIのソフトウェア的な進歩に比べて遅れているため、介護、育児、配送、建設といった肉体労働や対人サービスを伴う仕事は、しばらくの間、人間の手によって担われ続けるだろう。
AIを活用する現代の労働者のイラスト。技術と経験が融合する新しい働き方の象徴。
もし、若年層がこれらの大変な肉体労働を担う一方で、中高年層は快適なオフィスでAIに指示を出すだけの役割に移行するような社会が訪れたら、新たな世代間対立が勃発する可能性も指摘されている。AIの発展は労働市場に大きな変革をもたらし、我々の働き方や世代間の関係性にも深く影響を及ぼすことになるだろう。
参考文献
- 古市憲寿. 「AIで初任給42万円の時代が終わる? 中高年プログラマーが重宝される理由」. 週刊新潮 2025年8月14・21日号掲載. 新潮社.
- Yahoo!ニュース. 「AIで初任給42万円の時代が終わる? 中高年プログラマーが重宝される理由」. https://news.yahoo.co.jp/articles/08de65dd071193f5afccbbc2a3d487e6cc4297d2