川崎市が全国で初めてヘイトスピーチ(憎悪表現)に刑事罰を科す条例を作った。条例は周知期間を経て来年7月、全面施行される。
公共の場で、拡声器やビラなどで日本以外の特定の国や地域の出身者に差別的な言動をすることを禁じた。具体例として居住地域からの退去や身体への危害を扇動することや、人以外のものに例えて侮辱することを挙げた。
違反者が勧告、命令に従わない場合、市は氏名公表と同時に刑事告発し、裁判で有罪が確定すれば50万円以下の罰金が科される。
差別的憎悪表現が許されないのは当然だ。ただし条例には懸念もある。趣旨の解釈の「拡大」と「限定」である。市に委ねられた解釈が拡大されれば、正当な言説による批判が対象となる可能性が否定できない。条例の適用には慎重な運営が求められる。
禁止行為の対象者が「本邦外出身者」に限定されているため、日本人は憎悪表現の対象ではないとの誤解を生む恐れもある。
条例は日本人に対しても「不当な差別的言動による著しい人権侵害が認められる場合には必要な施策、措置を検討する」などとする付帯決議を盛り込んだ。法的拘束力はないが、その意思は尊重されなくてはならない。
付帯決議をめぐっては、自民党案の「日本国民たる市民」の文言が、他会派の反対を受けて「本邦外出身者以外の市民」に書き換えられる一幕もあった。こうした不可解な姿勢が懸念を生んでいる。反対理由には「国のヘイトスピーチ解消法の趣旨を逸脱している」との意見もあったとされる。
条例も国の解消法も、日本人を守るべき対象に加えていない欠陥がある。ただ「本邦外出身者」が対象の国の解消法でも、衆参両院の付帯決議は「法が規定する以外のものであればいかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りである」と明記している。
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展をめぐり、昭和天皇の写真を燃やす動画などを「日本民族と皇族に対する憎悪表現」とする批判に、一部の識者やメディアから「日本人はヘイトの対象ではない」とする反論があった。根拠を解消法に求めるのならその理解は誤りである。
法や条例の趣旨は、正しく理解しなくてはならない。