中国で9月3日に開催された「抗日戦争勝利80年」記念の軍事パレードは、世界から注目を集める一大イベントとなりました。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記やロシアのプーチン大統領らが臨席する中、北京市内はかつてない厳戒態勢が敷かれました。しかし、この国際的関心が高いパレードの裏側では、海外メディアの取材活動に厳しい制限が課され、北京市民の生活にも多大な影響が及びました。本稿では、現地記者の視点から、その取材の舞台裏、厳重な警備の実態、そして多様な中国人の対日感情を詳細に報じます。
厳格な取材制限:望遠レンズから個人認証まで
今回の軍事パレードでは、世界各地から百数十人の海外メディア記者が現地取材を試みましたが、その道のりは多岐にわたる複雑な手続きと厳しい制約に満ちていました。取材許可は事前に中国当局に申請が必要でしたが、直前まで可否が不明な上、複数名で申請しても各社原則1名しか許可されないという状況でした。
取材場所は天安門から距離のある観覧台に限定され、一部の前方撮影スペースはごく少数の海外メディアにのみ許可されました。多くのカメラマンが記者と同じスペースを割り当てられ、公然と不満の声が上がるほどでした。さらに、所持品にも厳しい規定が設けられ、一眼レフカメラや望遠レンズ、中型以上のビデオカメラの持ち込みは厳しく制限されました。これはスペースの制約に加え、遠方からだと銃器と見分けが付きにくいことが警戒されたためとみられています。記者の場合、小型のミラーレスカメラは許可されたものの、スマートフォン用の望遠レンズは持ち込みができませんでした。10年前の「抗日70年」パレードを取材した別の記者によると、「前回はここまで厳しくなかった」と語っており、今回の厳格さが際立ちます。
抗日戦争勝利80年記念パレードで新型無人兵器に注目する観客の様子
未明からの待機と厳重な検査:パレード当日の舞台裏
パレード当日の集合時刻は午前2時半と指定され、北京中心部では深夜から厳しい交通規制が敷かれ、路上には多くの警察官が緊張感を持って警戒にあたっていました。参加者はカメラチェックを再度受け、長時間待機した後、午前5時ごろにシャトルバスで会場へ向かいました。会場に到着するまでには、さらに2回の厳重な荷物検査が課せられました。
会場周辺は、観覧に招待された人々で溢れており、記念写真を撮る姿が見られました。厳めしい軍事パレードではあるものの、観覧者の雰囲気は中国の観光地やイベント会場で見かける人々と何ら変わらないものでした。パレード開始後、双眼鏡を通して確認すると、習近平国家主席とプーチン大統領が言葉を交わす様子や、気温30度を超える炎天下で汗を拭う金正恩総書記の姿が捉えられました。
最新型の兵器が次々と登場すると、集まった観覧者からは大きな歓声が上がりました。フィナーレでは「平和の象徴」であるハトが一斉に空に放たれ、配られた中国国旗が盛大に振られました。
中国の抗日戦争勝利80年記念軍事パレードのフィナーレで国旗を振る観覧者たち
市民生活への影響と高まる反日感情への懸念
パレード当日の北京中心部は厳戒態勢が敷かれ、市民生活にも甚大な影響が出ました。パレード会場を見下ろせる近隣のオフィス入居者や住民には、一時的な退去が求められました。ある日本人駐在員は「何日も前から公安がオフィス内をチェックしに来た」と、その徹底ぶりを明かしています。
10年前の9月3日は正式な休日でしたが、今回はそうした措置はありませんでした。しかし、地下鉄が運休となるなど、事実上出勤が困難になったため、多くの企業が実質的な休業日としました。「抗日戦争勝利80年」を迎える今年は、各地で関連イベントや映画の公開が相次ぎ、日本に対する反日感情の高まりが懸念されています。これを受け、パレードに先立ち在中国日本大使館は、「外で日本語を話すことは極力控える」といった注意喚起を日本人駐在員に向けて発していました。実際に、知人の韓国人記者はタクシー運転手に「どこの国出身か」と尋ねられ、韓国人だと答えると「日本人だったら乗車を断ろうと思った」と返答された経験を語っています。
多様な日本観と今後の日中関係
3日の取材を終え、タクシーで職場に戻る際に、運転手から「外国人?どこの国?」と尋ねられました。記者はやや身構えながらも、日本だと答えました。すると、北京出身の初老の男性運転手は「日本はとても良いところだ。街は美しい。人も優しい」と力説し、「今日は軍事パレードの取材でした」と伝えると、「交通規制が厳しすぎる」と不満を述べ、「中国も日本も米国も経済大国。お互い仲良くやっていくことが一番だ」と平和的な解決を望む考えを示しました。
北京に暮らす中で多くの中国人との交流を通じて実感するのは、日本への思いや意見が実に多様であるという現実です。一様に反日感情が高まっているわけではなく、親日的な感情や、経済的な協力を望む現実的な視点も広く存在します。しかし、軍事パレード終了後も緊張感のある日々は続いています。9月18日には、旧日本陸軍の秘密機関「731部隊」を題材にした映画が公開予定であり、歴史認識を巡る議論が再び活発化する可能性があります。このような状況は、中国に滞在する日本人にとって、引き続き国際情勢と日中関係の複雑さを意識しながら生活していく必要性を示唆しています。