2026年W杯を前に再燃する期待:「勝利の女神」久子さまと皇室のサッカーへの深い情熱

2026年、サッカー・ワールドカップがカナダ、米国、メキシコの3カ国共催で開催されます。史上最多となる48カ国が出場するこの大会で、前回のカタール大会で強豪ドイツとスペインを破った「森保ジャパン」は、初のベスト8進出を目指します。このサッカーの祭典を前に、日本サッカー協会(JFA)の名誉総裁を務める高円宮妃久子さまの存在が再び注目されています。故高円宮さまの遺志を継ぎ、「サッカーの宮さま」とも称された久子さまは、前回のW杯スペイン戦でサムライブルーをイメージした青いスーツをお召しになり、歴史的逆転勝利を現地で応援されました。そのお姿は、インターネット上で「勝利の女神」と称賛され、多くの人々に感動を与えました。本記事では、このW杯イヤーの幕開けに際し、皇室と日本サッカーの深い絆を紐解いていきます。

皇室と日本サッカーの深い絆

現代の皇室と日本サッカーの関係は深く、多岐にわたります。国内三大タイトルとして知られるJ1リーグのJリーグカップに加え、「天皇杯」、女子サッカーの「皇后杯」、そしてU-18世代の頂点を決める「高円宮杯」といった数々の大会が存在します。これらの大会は、日本サッカーの発展において皇室が果たしてきた重要な役割を象徴しています。

高円宮さまは1987年にJFA名誉総裁に就任されました。これはJリーグが開幕する6年前であり、当時の日本代表はまだW杯出場経験がなく、1968年のメキシコシティ五輪での銅メダル獲得以降、長らく低迷期にありました。高円宮さまの就任は、日本サッカー界がこの低迷期を脱し、新たな時代へと歩み出す大きな転換点となったのです。

青いスーツをお召しになり、日本代表を応援される高円宮妃久子さま青いスーツをお召しになり、日本代表を応援される高円宮妃久子さま

高円宮さまが築いた功績と日韓W杯

2002年、日本と韓国で共同開催されたFIFAワールドカップは、日本サッカー史における画期的な出来事でした。高円宮さまはW杯開催期間中の5月末、久子さまと共に公式な立場で韓国を訪問され、開会式にも出席されたほか、19もの試合をご観戦になりました。これは、血縁者の葬儀出席などの私的な場合を除き、第二次世界大戦後初めての公的な皇族による韓国訪問であり、歴史的な意味を持つ出来事でした。

高円宮さまのサッカーに対する深い愛情と貢献は、その名を冠した「高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ」に受け継がれています。この大会は、高校年代で最高峰のリーグ戦として、全国トップレベルの高校サッカー部とJリーグのユースチームが真剣勝負を繰り広げ、次代を担う若き才能たちが日本の頂点を目指す晴れ舞台となっています。JFA関係者も「高円宮さまのサッカー界へのご貢献に敬意を表してお名前を戴いた」と語る通り、その功績は今も色褪せることはありません。

久子さまへ受け継がれる情熱と「勝利の女神」の存在

しかし、日韓W杯閉幕から約5カ月後の2002年11月21日夕、高円宮さまは東京・赤坂の在日本カナダ大使館で心室細動により突然倒れ、47歳という若さで帰らぬ人となりました。あまりにも突然の訃報は、日本サッカー界、そして国民に深い悲しみをもたらしました。

高円宮さまのサッカーへの限りない愛と情熱は、共に日本サッカー界のために尽力されていた久子さまにしっかりと受け継がれました。翌2003年3月、久子さまは故高円宮さまの後任としてJFA名誉総裁に就任されます。もともと久子さまは、イギリスのケンブリッジ大学ご留学中にイングランド1部リーグのチェルシーの熱狂的なファンであったという、サッカーへの深い関心をお持ちでした。その背景が、名誉総裁としての活動にさらなる情熱を注ぐ原動力となっているのは明らかです。

2026年のW杯に向け、森保ジャパンが新たな挑戦に挑む中、「勝利の女神」である久子さまの存在は、選手たちにとって大きな精神的支柱となるでしょう。皇室と日本サッカーの揺るぎない絆は、今後も日本のサッカー界の発展に寄与し続けることでしょう。