山下玲奈さん=当時(8)=を失った母、和子さん(57)は玲奈さんの誕生日の5月1日、いつものようにケーキを買うため店に並んだ。
玲奈さんの誕生日は、ケーキを買って皆で祝うのが家族の習慣だ。だが今年はふと、「玲奈はいないのに、なんでケーキを買おうとしているんだろう」と思い、その瞬間、涙があふれた。「27歳なら『ケーキなんかいらない』って言うのかな」。今も、ふとした瞬間に感情がこみ上げる。
今年は新型コロナウイルスの感染拡大で日常生活も一変し、落ち着かない日々が続いた。「今の時代に玲奈がいたら、どんな様子だったんだろう」と思う一方で、「何があっても、亡くなった事実は変わらないんだ」と改めて現実を実感する。
平成22年から、大阪教育大で教師を目指す学生に対し、授業の一環として、自身の経験や命の大切さを伝えている。年1、2回の取り組みも、今年で10年を迎えた。
語るのは、玲奈さんへの思いや事件後に生まれた長男(14)との日常、玲奈さんの友人とのつながりなど。折にふれ、感動したことが中心だ。
自分が不妊治療の末に生まれたと知った長男が9歳のとき、「待たせてごめんねえ」と言ってくれたこと。そして2年生の1学期、「僕にはお姉ちゃんがいました。8歳で亡くなりました。パパは、僕を抱きしめて『パパより長生きするんだよ』と言ってくれました」と自らクラスで発表したこと-。
亡くなっても、和子さんが日々の生活から感じることの中にはいつも、玲奈さんの存在がある。事件について語ると、当時の辛い気持ちもよみがえるが、それ以上に「私の経験や気持ちを生かしてもらえる場を持てるのが、自分にとって大事」と話す。
教師を目指す学生にも、事件を知らない世代が増えてきた。だが、「私の話から感じたことを赴任先の学校でも伝えてもらえれば、輪が広がっていく」と信じている。