「ウィズコロナ」時代で化粧品のあり方が様変わりをしている。常時マスクを着用し、在宅時間も長くなったためメークの機会が減り、化粧品の対面販売からスマートフォンを使ったカウンセリング販売へのシフトも進む。メーカー側も、最新技術を駆使したカスタマイズ商品の開発など、「新しい生活」にフィットさせようと、試行錯誤が続いている。【袴田貴行、賀川智子】
【「化粧した自分」で美顔祈願】
◇「マスクなので口紅いらない」
「こうして2、3プッシュ手にとり、肌の内側から外側へなじませるように塗ってください」――。
スマホに映るカウンセラーが美容液を手にとり、画面をアップにして塗り方を解説する。ビデオ通話が終わると、カウンセリング結果に基づいたおすすめ商品の情報がメールで送られてくる。フランス製化粧品の「デジタル・カウンセリング」を受けた東京都中央区の団体職員の女性(28)が言う。
「肌の悩み相談が自宅のリビングででき、自分に合った商品を提案されてそのままオンライン購入もできるので、忙しい時でも気軽に利用できる」
化粧品のニーズも変わっている。銀行勤務の女性(40)は新型コロナウイルス感染拡大以降、チークと口紅はあまり使わなくなったという。業務中、銀行の窓口でずっとマスクは着けっぱなしで、必要がなくなったからだ。むしろ、帰宅後、マスクの裏側につくファンデーションが気になるという。
「口紅などのアイテムはミニサイズでいい。今はマスクにつきにくいファンデーションがほしい」
デパートの化粧品売り場で、美容部員のカウンセリングを受けて商品を選ぶ――。そんな対面のイメージが強かった化粧品販売にもデジタル化の波が押し寄せている。さらに、急速に進歩するAI(人工知能)によって、化粧品の開発にも変革が起きている。
◇最新AI技術でオーダーメード
花王は昨年、「皮脂RNA(リボ核酸)モニタリング」という技術の開発に成功した。いずれ、人の皮脂から採取した成分をAIが分析して肌の状態を調べ、最も合った化粧品を提案したり、最適な成分を組み合わせてオーダーメード化粧品を作ったりできるようになるという。
RNAは体内でたんぱく質を作る働きがあり、肌や健康状態の分析に役立つ多くの情報を含む。これまでRNAの採取は、医療用の器具で皮膚をくりぬく必要があったが、花王は、皮膚の表面を覆う皮脂の中にもRNAが存在し、脂取りフィルムで簡単に採取できることを突き止めた。
この手法で、1人当たり約1万3000種のRNAを抽出できるという。そして、AI開発のプリファード・ネットワークス(東京)が持つ機械学習や深層学習のAI技術を使うことで、皮膚の色や形状、皮脂の組成などさまざまな肌の情報が得られる。
開発を担当した花王生物科学研究所の高橋慶人室長は話す。「事前に肌情報のデータベースを作成してAIに学習させれば、10人で分析して数カ月かかるデータ量を瞬時に解析できる」
花王は、店頭で採取した顧客のRNAを解析し、商品提案に生かすサービスの導入を検討しているという。
◇熟練された「匠の技」も健在
デジタル技術の導入が進む一方、化粧品の製造現場では、デジタルには代えられない「匠の技」も存続する。
資生堂では、工場で製造した製品が正しい色や香り、質感があるかどうかを出荷前に確認する「官能パネラー」と呼ばれる検査員が国内外の工場に約100人いる。ヒトの五感を駆使して、製品の色や匂いのわずかな差を識別しているのだ。
資生堂久喜工場(埼玉県久喜市)では、製造ラインから無作為に抽出された1日約30個の製品が官能検査室に運び込まれ、4人の官能パネラーが検査をする。製品を実際に肌に塗って色味を確認したり、鼻に当てて匂いを嗅いだりして基準通りの製品かを確認する。
同工場の官能パネラー、三浦勝江さん(46)は「微妙な色や匂いの違いは機械では数値化できず、ヒトの五感でしか判断できない」と強調する。
ウィズコロナ時代、化粧品事情はどう変化していくのか。専門家に話を聞いた。
◇「私だけ」から「私プラス誰か」が主流に
国内外の美容トレンドに詳しく、新商品開発のコンサルティングなどもしている美容アナリストの奈部川貴子さんは、コロナにより個人の化粧品への考えが変化したと言う。
それまで化粧品は「私さえきれいになれば」という個人が消費単位の基本だったが、コロナ以降、消毒液やハンドソープなどの消費単位が「私プラス誰か」に変わったと指摘する。さらに、この「誰か」というのは、家族や友人だけでなく、地球環境などにも及ぶ。
◇若い世代は「環境」も購買の決め手に
「Zジェネレーション」と言われる若い世代は、インスタグラムなどSNSを通して海外の事情をダイレクトに知る中で、環境問題にも意識が高い。若い世代は「サステナブル」「クリーンビューティー」「ウオーターレス」といった、環境に配慮した商品かどうかが購買の決め手になっているという。
また、スマホカメラにAR(拡張現実の技術)を入れてすっぴんの顔を映すと眉毛の描き方をナビゲーションしてくれるなど、すでにさまざまなデジタルサービスが始まっている。コスメ各社の販売手法も変化し、「リモートかリアルか」「対面かオンラインか」の掛け合わせでいろいろなものが生まれてくると予想する。
また、購買層が、ブランド信仰の高いバブル世代からZジェネレーションにシフトし、デジタル化による「パーソナライズ」「マッチング」が更に加速すると予想する。
奈部川さんは「コロナで家にいる時間が増えて、みんなが本質的なことを考え、コスメも自分だけでなく周りを考えるようシフトしている。今後はそれに合致するブランディングをした商品が支持されるようになるのでは」と話す。
◇コスメ重視は苦戦、スキンケアは好調
また、消費者動向などに詳しいエコノミストの崔真淑さんは、コスメ業界全体で「二極化が進んでいる」と指摘する。
崔さんによると、国の家計調査統計で、緊急事態宣言以降の5月と6月でファンデーションと口紅の売り上げが2桁下がる一方、スキンケア商品の売り上げは伸びているという。更にコスメに強い企業の株価は右肩下がりだが、スキンケアや免疫アップの健康食品系を販売する会社は右肩上がりで伸びしろがあるという。崔さんは「マスクを着け家にいる時間が増えたことで、メークの仕方が、色をどんどん重ねるよりもスキンケアに重点化するように変化してきた」と分析する。
◇大量生産からの脱却、直接消費者と取引も
大量生産した化粧品をブランド化してそれにどう付加価値をつけるか――。それが、これまでの化粧品の主流だった。これに対し、デジタル化で化粧品業界は変わりつつある。「小さくてもDTOC(製造者が直接消費者と取引を行うビジネス手法)の考え方が浸透し、しかもそれがお金になる形がテクノロジーの力で実現されつつある。それを大手企業もやり始めているのは興味深い」
ただ、消費者はパーソナライズされたものを手にしたい人と、市販品でいいという人に二極化していくと見る。また、コロナ以降「スキンケアはするけど肌はちょっと良くしたい」というニーズが増え、「スキンケアをしながらコスメも」と機能が合体した商品もはやるのではと展望する。
化粧品の売り方も変わりつつある。
「多くの化粧品会社は対面販売に依存してきたが、今後は、中国で、はやっているようなライブコマース(ライブ配信とネット通販の融合サービス)を日本でも取り入れ、社内でインフルエンサーを育てるなど、売り込みがうまい販売員の育成が大事になっていくのではないか」