[コラム]文在寅政権支持層の離反と「進歩の分裂」


[コラム]文在寅政権支持層の離反と「進歩の分裂」

 共に民主党の状況も似たようなものだ。10日、野党「国民の力」の無制限討論(フィリバスター)による阻止を突破し、公捜処法改正案を国会で可決した。検察改革の足場が築かれた。しかし世論調査では「間違っている」との回答(54.2%)が「よくやった」との回答(39.6%)を上回った。進歩層の32%も「間違っている」と答えた。

 現政権支持層の離反は「進歩派の分裂」を意味する。突然のことではない。始まりは「チョ・グク事態」だった。一方は、「チョ・グク守護」と検察改革を同一視し、チョ・グクの辞任に反対した。もう一方は逆に、チョ・グク守護に無理に執着すれば、検察改革には逆効果となると主張した。

 チュ・ミエとユン・ソクヨルの対立は進歩派の分裂を加速させた。一方は、チュ長官支持と検察改革を同一視する。もう一方は、チュ長官の強引なやり方が検察改革には妨げとなると懸念する。進歩層の44.6%は「ユン総長の辞任」に賛成する。チュ長官の辞任に賛成する29.3%より多い。しかし「二人とも辞任」に賛成した13.2%を考慮すれば、事実上進歩層は二つに割れている。

 「朴槿恵(パク・クネ)大統領の支持率最低値、コンクリート支持層にひび」(2016年10月14日付、本紙報道)。現状況は4年前と見かけ上は瓜二つだ。チェ・スンシル国政壟断に対する安易な対応で支持層すら離反し、朴前大統領の支持率は急落した。様々な面で異なる二つの政権を比較するのは無理かもしれない。しかし、政治において最も重要なのは民意だという点は同じだ。

 進歩派の分裂は、大統領を早期のレームダックに落とし入れる可能性がある。来年4月の補欠選挙の見通しも不透明になる。しかし政治的な有利不利よりも胸が痛むのは、誰もが渇望していた「国民統合」が難しくなったことだ。4年前のろうそく革命では、極右勢力を除く多くの国民が気持ちを一つにした。大統領も「真の国民統合が始まった日として歴史に記録されるだろう」と約束した。しかし、保守派を包摂するどころか、進歩派すら割れているのだから。歴史的な挫折だ。

 進歩派の分裂は、民主主義と進歩派の伝統的価値が後退した結果だ。目的が正しくとも、過程と手続きが間違っていれば、国民の支持は得られない。手続き上の正当性が不足しているにもかかわらず、任期が保障された検察総長を引きずり降ろそうとするような「非常識」と「空回り」が検察の中立性と独立性を毀損したという非難を自ら招いた。

 自称検察主義者であるユン総長が“生きた権力”も厳正に捜査する「英雄」のように浮かび上がり、与党の次期有力大統領候補よりも高い支持率を得る荒唐無稽が繰り広げられている。国民は検察改革には反対しない。文大統領が15日の国務会議で検察に対する民主的統制を強調したことにも、国民は同意するだろう。しかし、なぜ支持層が離反し、進歩派が分裂するのか、省察が必要だ。

 内部批判を謙虚に受け止めるどころか「反改革」ないし「裏切り」と非難する態度は、傲慢と独善のイメージを人々に抱かせる。進歩派が閉鎖的な「陣営論理」に閉じこもっている態度も退行的だ。事の是非や真実が何なのかよりも、自分が好きか嫌いか、敵か味方かを重視する二分法的な態度がはびこっている。政権勢力が何をしても「できそこない」の野党を支持することはないと盲信することは、国民を愚弄するものだ。

 進歩派分裂の構造的要因についての省察も必要だ。軍部独裁時代には、保守派は既得権擁護勢力、進歩派は既得権打破勢力だった。しかし、この30年で状況は変わった。6つの政権を進歩派と保守派がちょうど半分ずつ分かち合った。進歩派も政界、官界、経済界、学界など、社会の至るところで高い地位に着き、既得権化が進んだ。チョ・グク一家問題、現政権の高位公職者の複数住宅保有、ソウルと釜山(プサン)の市長の強制わいせつ事件に国民が見たものはそれだ。そして自省ではなく、その隠蔽に汲々とする「自分はロマンス、他人は不倫」(同じ行為でも他者のことは非難し自分のことは正当化すること)的な態度に進歩派すら割れた。

 ろうそく革命では「平等、公正、正義」に象徴される進歩的価値が全国民へと広がった。しかし今、進歩派は分裂か拡張かの岐路に立たされている。韓国社会は、進歩-保守のフレームよりも改革-守旧のフレームの方が重要になりつつある。
クァク・ジョンス|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )



Source link