(CNN) この静けさはあまりに衝撃的で、ほとんど現実のものとは思えない。まるでサイレンのスイッチが切れた瞬間のようだ。ツイッターにフェイスブック、そして米国民が投じた票のおかげで、ドナルド・トランプ前大統領は沈黙している。しかしながら、この静寂は不在と同じではない。実際のところ、トランプ氏は今も政治的秩序にとっての脅威であり続けている。キリスト教右派の一段と過激な勢力が、同氏を殉教者として信奉する構えを見せているためだ(殉教は多くの保守的なキリスト教福音派の思想において重要な地位を占める)。
マイケル・ダントニオ氏
歴史上唯一、2度弾劾(だんがい)された大統領として、トランプ氏は間もなく上院で裁判にかけられる。罪状は「米国の統治機構に対する暴力の扇動」だ。2020年の大統領選は自分が敗れるよう不正に操作されたと主張する数カ月に及ぶ虚偽の訴えや、支持者らに「死ぬ気で戦え」と要求したことがこの扇動に含まれる。これに従った支持者の一部は直ちに連邦議会議事堂へ大挙して乱入し、死傷者を出す事態に至った。仮に有罪となれば、トランプ氏はほぼ間違いなく罰せられる。追加の決議で出席議員の単純多数(過半数)が賛成すれば、同氏は生涯にわたり、連邦政府の職に就くことを禁じられる。
裁判の結果がどうなろうと、トランプ氏は依然として支持者から英雄視されるだろう。そこには信仰の上での殉教者という存在になじみのある人々が大勢含まれる。議事堂に突入した暴徒たちの間には、連邦議員らを議場から追い出しその場を占拠した後、祈りをささげていた人も多く、また宗教的なシンボルを手にした人もいた。これらの支持者の一部については、改めてトランプ氏にその身をゆだねるだけでなく、共和党議員の下へ報復に訪れることも想定するべきだ。今後の弾劾裁判で同氏の弁護に回らない共和党議員が標的になる。
トランプ氏が殉教者として扱われる危険性は、数週間前にマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)が取り上げていた。同氏の主張によるなら、連邦議会はただ、大統領選に敗れたトランプ氏が表舞台から消え去るのを見送ればよい。暴徒に自分の仕事場を荒らし回られたルビオ氏だが、2度目の弾劾については「火に油を注ぐようなもの」と語る。「思うに、多くの人々は今回初めて表に出てきたのではないか。先週の出来事を見て、過去の4年間のことを考えたりもした後、彼らは突然団結し防御態勢を固めている。この状況ではトランプ氏は殉教者になる恐れがある」(ルビオ氏)
保守的な信仰と政治活動とを隠すことなく融合する多くの共和党関係者の一人として、ルビオ氏はそれらの組み合わせが大きな力を持ちうることを理解しているのだろう。しかし弾劾を行わず、続くトランプ氏への有罪宣告もしないのであれば、それは大掛かりな宥和(ゆうわ)政策をとることを意味する。これこそルビオ氏をはじめとする共和党の上院議員が、最初の弾劾裁判の終わりにやったことだった。彼らは裁判で提示された証拠を無視し、トランプ氏を排除しなかった。その結果何がもたらされたのかはだれの目にも明らかだ。トランプ氏は躍起になって選挙結果を覆そうとし、テレビ画面には襲撃現場と化した議事堂が映し出されることになった。
この1年間に起きたあらゆることを踏まえるなら、間違いなくルビオ氏は、トランプ氏が説明責任を逃れたときにどのような行動に出るのかを分かっている。今回の2度目の弾劾裁判で責任を取らせることができなければ、トランプ氏はますます付け上がる。そして未来のトランプたちに、たとえ暴力的な反乱をあおっても罰を受けないというメッセージを送ることになるだろう。
トランプ氏の2度目の弾劾決議に賛成票を投じた議員らは、共和党の10人を含め、国の現状と未来のために自分たちが果たすべき役割を理解していた。
他方、ルビオ氏をはじめとする共和党議員は殉教者の議論を持ち出し、自分たちの役割を果たすことを拒否している。これは2つの意味で現在の状況を分かりにくくしている。
第一に、2度目の弾劾を受けた時点で、トランプ氏はすでに殉教者として、「米国を再び偉大に(MAGA)」のスローガンを信奉する支持者の目に映っている。
第二に、殉教者であるトランプ氏が差し迫った脅威をもたらすのは国家ではなく、共和党並びに自身への有罪票を投じた共和党の上院議員に対してである。
共和党では、殉教者のトランプ氏を支えようと大勢の人々が集まり、党内を混乱させる可能性がある。予備選で、彼らのリーダーの弁護に回らなかった共和党員への対抗馬を応援するためだ。最近の世論調査が示すところでは、73%の共和党員が実際には大規模な選挙不正があったと信じている。トランプ氏の支持者が掲げる大義は、共和党の予備選で票を投じる数多くの有権者の心をつかむだろう。
トランプ氏自身も、殉教者というダイナミズムの威力を十分に認識している。2015年、同氏は当時のオバマ大統領の弾劾を目指す動きを支持しなかった。多くの共和党員がそれを熱望していたにもかかわらずだ。「ある意味で、彼を殉教者にしてしまう」。陰謀論者として知られるアレックス・ジョーンズ氏のラジオ番組に出演したトランプ氏は、そう警告していた。
しかし、罰を与えることでトランプ氏を殉教者にしてしまうのではないかといった議論をする時間はとうの昔に過ぎ去った。彼はすでに殉教者なのである。同様に、党内右派の分裂を懸念するような地点もはるか前に通り過ぎた。トランプ氏とその支持者たちはすでに、共和党が自分たちを見捨てるならMAGAの新党を結成しようと話し始めているのである。こうした分裂は現実に起きており、かつてのような共和党はもはや存在しない。
唯一残る疑問は、共和党の上院議員らに関するものだ。トランプ氏の裁判に臨もうとする彼らだが、結局のところ自分たちの国を同氏から守る意思があるのかどうか。答えはまだ出ていない。
◇
マイケル・ダントニオ氏はトランプ氏の評伝「Never Enough:Donald Trump and the Pursuit of Success」の著者。またトランプ氏の弾劾を扱った「High Crimes: The Corruption, Impunity, and Impeachment of Donald Trump」はピーター・アイズナー氏との共著である。記事の内容はダントニオ氏個人の見解です。