男性が書き残した手書きの便箋
「しょうがいかあります」「かんじやかたかなはにがてです」―――。
こんな書面を書いた翌日、自ら命を断った障害者の男性がいます。男性は、障害を他人に知られることを極端に嫌がっていました。なぜ書面を書かねばならなかったのか、男性が直面していた問題とは?遺族が大阪地裁に起こした民事裁判で、次第に状況が明らかになってきました。
2枚にわたる手書きの便箋
きれいに折りたたまれた2枚の便箋。開くと、小さな平仮名の文字が並んでいました。
「しょうがいかあります 2500えんはふうとうにいれれます おかねのけいさんはできません 1たい1ではおはなしできます ひとがたくさんいるとこわくてにげたくなります・・・・・」
この書面を書いた翌日の2019年11月、男性(当時36)は自ら命を断ちました。男性には知的障害と、精神障害がありました。兄(42)によると、家族以外との接触は難しく、通院しながら大阪市営団地で一人暮らし。一番の楽しみは、自室で見るテレビ番組だったといいます。当時、男性を悩ませていたのは、団地の自治会による『班長選び』でした。
「障害」を自ら書くまで
取材ノートより。7月の裁判で証言に立った兄
男性の両親は2020年、書面の作成を強要され、障害に関するプライバシー権を侵害されて自殺に追い込まれたとして、団地の自治会や当時の役員2人を相手に慰謝料など約2500万円の損害賠償を求める裁判を起こしました。この中で去年7月、初めての証人尋問がありました。証言台に立った兄によると、男性は人と接することを極度に嫌う性格で、スーパーで店員から話しかけられるだけでも苦痛に感じるほどでした。唯一の例外は近くに住む家族で、ほぼ毎夕、実家を訪ねて兄と夕食をともにしていたといいます。
もう一つ、男性が一貫して嫌がっていたのが『自分の精神障害を知られること』でした。障害者手帳は持っていましたが、周囲に『障害者』と思われるのが嫌で、手帳を見せれば割引になる映画館などでも絶対に出さなかった――兄はそう振り返ります。そんな男性の自宅ドアに、2019年11月、一枚の紙が投函されます。
「12月1日、(くじ引きで)来年度の自治会の班長を決めたいと思います」。
そう書かれていました。訴状などによると、慌てた男性は、すぐに当時の自治会役員の元へ。
「僕は精神の病気で、班長はできません」。
そう伝えて部屋に戻ったものの、のちに別の役員から『あなただけ特別扱いできない』などと言われたといいます。途方に暮れた男性は、最終的に社会福祉協議会から紹介されたコーディネーターが間に入り、この自治会役員の2人と話し合うことになりました。