ロシア軍に侵攻されたウクライナでの経験を語るビクトリアさん(右)と母のリュボーフィさん=福井市で2022年4月7日午前10時45分、大原翔撮影
ほんの2カ月前まで、静かな生活を送っていた。ウクライナ北東部のロシアに隣接するスムイ州で暮らし、ロシア人にも親しい友人がいた。しかし、ロシア軍の侵攻後、響き渡る砲撃音や、身近な人たちから届く数々の悲惨な証言に、身も心も打ち砕かれた。激戦地となった故郷での2週間の地下室生活、そして2カ国を経由した計1万2000キロに及ぶ日本への避難の中で、彼女は何を見たのか。【大原翔、萱原健一】
女性はスムイで生まれ育ったビクトリアさん(32)。アパレルショップに勤務し、毎日ジムに通うなど、充実した日々を送っていた。母のリュボーフィさん(57)、8歳の長男の3人で、福井市に住む姉イリーナ・クシニリェンコさん(37)を頼り、4月3日に福井に避難してきた。危険が及ぶ恐れがあるため、ほかの親族の現状は明かせず、自らも名字は伏せているが、「自分が見聞きしたことを日本の人々に伝えたい」と母と2人で取材に応じた。
◇地下室で泣いた夜
「最初に爆発音を聞いた時、夢かと思った。ロシア軍が攻めてくるなんて考えたこともなかった」(ビクトリアさん)。侵攻が始まった2月24日の午前5時過ぎ、大きな爆発音で目を覚ました。福井の姉からSNS(ネット交流サービス)でロシア軍侵攻開始の一報を聞いた。しかし、スムイにはロシア人も多く住む。ビクトリアさんも普段はロシア語を話し、ロシア人の友人もいたため、「信じられず、パニックになった」という。
すぐに夫と長男の3人で、身分証明用のパスポートと手提げかばんだけを持ち近所の義父宅へ移った。夫に国外への避難を訴えたが、義父が「狙われるのは軍施設だけで、市民は撃たれない。逃げる必要はない」との考えだったこともあり、義父宅の地下室に身を隠すことになった。
しかし、夕方には、ロシア軍の戦車が列をなし街にやってきた。義父宅から外を見ると、近くに戦車が1台止まっていた。義父宅は攻撃されなかったが、危険を実感した。夜になると、4~5キロ離れた軍施設への砲撃が始まった。ウクライナ軍は応戦したが施設が燃やされたことを知り、地下室で泣きながら一夜を過ごした。
◇標的になる恐怖
翌25日朝、住民は次々と脱出を試み始めた。だが、ロシア軍は彼らを標的にした。ビクトリアさんは友人からこんな話を聞いた。「若い夫婦が子ども3人を連れて車で逃げようとしたが、ロシア兵が車を自動小銃で銃撃し、赤ん坊を抱えた妻が頭を撃ち抜かれ即死した。子ども3人は無事だったが、夫もケガをして病院に運ばれた」。ビクトリアさんは「標的になるのが怖くて、早期の国外避難ができなかった」と明かす。
その後、地下室生活が続いた。ロシア兵が女性に性的暴行をしているとの情報があり、食料調達のため外出するのは夫だけ。店から食料がなくなると、義父宅で飼っていたニワトリや家庭菜園の野菜でしのいだ。ただ、発電所が破壊されたため夜は真っ暗。屋外は氷点下10度という寒さと鳴り響く砲撃音で眠れず、疲弊していった。
◇決死の脱出
侵攻12日目の3月7日、友人から「明日脱出する。一緒に行かないか」と誘われた。その夜、義父宅の真上でヘリコプターの音が聞こえた。約1時間後、わずか2キロほどしか離れていない地区に住む友人から、SNSのメッセージで「家4軒が破壊され、24人が亡くなった」と教えられた。あまりの恐怖に一睡もできなかった。
8日朝、ビクトリアさんは長男や友人ら5人で車に乗り、他の住民らと計10台でスムイを出た。「まとまって逃げたほうが安全」との判断からだ。他の車の窓に、ロシア語で「子ども」とテープで書かれていた。車内に子どもがいることを知らせて攻撃を避ける目的だが、効果は分からない。それでも同じように「子ども」の文字を掲げた。とにかく必死だった。
街中には、焼け焦げたロシア軍の戦車が至る所に残され、ロシア兵の姿もあった。極度の恐怖と緊張から、車内では誰も言葉を発さなかった。ビクトリアさんも走行中は頭を下げ、外を見ることができなかった。約3時間かけてスムイを抜けた頃、戦車の数は減り、ロシア兵も少なくなった。車内には安堵(あんど)が広がった。
その後、西に向かって進み、避難所などで2泊し、3日かけてハンガリーに到着。仕事でイタリアにいた母のリュボーフィさんの元に飛行機で向かった。そして、福井市にいる姉からの誘いを受け、4月3日、日本に着いた。
◇「悪い知らせ」におびえる日々
母のリュボーフィさんは、イタリアにいたため戦火を免れた。だが、「これまでロシア人と普通に接してきたが、もう同じようにできない。ロシア語も使いたくない」と憤る。情報統制をしているロシア政府に対しても、「世界中が『真実』を知っているのに、ロシアだけがそれを知らない。ロシアは監獄のようなものだ」と語気を強める。
スムイは当初から攻撃にさらされ、被害の状況があまり伝えられてこなかった街の一つだ。ビクトリアさんは「毎朝起きた時、スマートフォンを手に取るのが怖い。悪い知らせが届いていないだろうかと」と語る。キーウ(キエフ)周辺での大量虐殺のニュースを見る度、故郷の街でも新たな惨劇が起きるのではないかと案じている。
記者に思いを語るうち、リュボーフィさんのほおを涙が伝った。「ロシア兵は野獣です」との言葉まで出た。暴力への恐怖と不安が、隣人への憎悪を極限にまで高めてしまったのだ。そして最後に絞り出すように語った。「いつになるかは分からないが、また故郷で暮らしたい」
◇福井県が支援金を募集
福井県は県内に来たウクライナ人向け支援金を募集している。5月末までの予定。振込先は福井銀行県庁支店、普通6019740、口座名義は「福井県ウクライナ避難民支援金」。問い合わせは県国際経済課(0776・20・0752)。