会談前、通訳を介さずに言葉を交わす浜田靖一防衛相(右)と韓国の李鐘燮国防相=4日、シンガポール
【シンガポール=市岡豊大】日本、韓国両国の防衛当局間で最大の懸案だった韓国海軍艦による海上自衛隊機へのレーダー照射問題は、照射の事実解明を棚上げしたまま、類似事案の再発防止を図ることとなった。日韓関係の停滞により米国主導のミサイル防衛網を妨げないようにするためだ。名を捨てて実を取る選択だが、日韓の首脳外交が先行する中、韓国の危険行為を見過ごすことになりかねない決断に、現場には腑に落ちない思いも残る。
「お互いに率直に議論しようという姿勢があった」
4日にシンガポールで行われた韓国の李鐘燮(イ・ジョンソプ)国防相との会談後、浜田靖一防衛相は記者団にこう述べた。会談前には会場に先着した浜田氏が他の防衛省幹部を待つ間、李氏と親しげに談笑する様子もみられた。
関係改善を急ぐ両国を象徴する場面が前日にあった。日韓と米国のオースティン国防長官の3カ国で行われた防衛相会談。開始前の写真撮影時に李氏から「握手してください」と浜田氏に求めた。2人の間にいたオースティン氏は2人の手を取り、掲げて結束をアピールした。米国の仲介による3カ国の関係を表しているかのようだった。
「韓国の姿勢が昨年と全然、違う」。防衛省関係者は会合後、こう話した。韓国は、入港時の国際慣例である自衛艦旗の旭日旗掲揚を拒否した問題で、5月に海自艦が旭日旗を掲揚しての釜山寄港を認め、正常化させた。
米韓は4月、米戦略原子力潜水艦の韓国寄港などの方針を表明し、足並みをそろえた。日米韓の結束に向け、レーダー照射問題を訴える日本側にも譲歩が求められていた。防衛省幹部は「立場が違う以上、追及すれば話ができない。思うところは飲み込むしかない」と苦しい胸の内を明かす。
協力を再開すれば海自は韓国軍と向き合うことになる。「大ゲンカした後、どちらも謝らずに何事もなかったかのように振る舞えるだろうか」。ある海自幹部は不満を漏らす。
ただ、レーダー照射問題は反日傾向の強い文在寅(ムン・ジェイン)前政権下で起きたため「青瓦台(大統領府)が背景にあった可能性もある。軍人が自発的にやったと思えない」(自衛隊幹部)と捉える向きもある。
岸田文雄政権は韓国との関係改善を急ぐ。ある政府高官は「政権は東アジアの安定を最重要視している。『防衛外交』が重要」と話す。納得できる着地点を見いだせるか、今後が問われる。(市岡豊大)