大逆風が伝えられる自民党…石破首相は「裏金・旧統一教会系議員」の当選を本気で望んでいるのか?


泉房穂と「石井紘基」を語り尽くす 第3回

〈写真〉1997年「地下鉄・松本サリン事件の被害者救済の集い」での石井紘基氏

石井氏の長女である石井ターニャ氏、石井氏と共にカルト被害者救済に尽力してきた弁護士の紀藤正樹氏、そしてzoom出演で、石井氏を財政学者として再評価している経済学者の安冨歩氏が、「今を生きる石井紘基」をテーマに、日本のこれからを泉房穂と語った。

*本稿はイベントの談話を記事用に編集したものです。

もしも石井紘基が生きていたら

弁護士の紀藤正樹氏。統一教会(現・世界平和統一家庭連合)やオウム真理教などのカルト宗教問題の第一人者であり、石井紘基の生前は、共にカルト被害者救済に奔走。石井氏の暗殺後は、遺族の弁護士として石井ターニャさんを支え、2005年に最高裁判決が確定した後も、事件の真相究明を続け、情報提供を呼びかけている。現在はSNSでも、政治や時事問題について提言をしている。

紀藤 石井紘基さんの話をすると私は本当に何か、うっすら涙が出てくるぐらいに悲しいんですけれど、生前懇意にしていただいて、私がまだ駆け出しの弁護士の頃、30代前半の頃からお話をさせていただきました。

最初に彼から「オウム真理教のことについて知りたい」という電話があって、1995年頃の話ですが、「オウム真理教への対策法を検討したい」との相談をされました。1995年3月20日というのが地下鉄サリン事件の起きた日で、私は当時、非常に忙しくしていましたので、「私の事務所に来ていただけるなら」と言ったんです。石井さんは現役の衆議院議員でしたが、「じゃあ、行きます」と言って来てくれたのが最初のきっかけでした。

それまで私の中で、国会議員の先生というのは、非常にハードルが高いというか、殿上人みたいに思っていたのですが、石井さんの足の軽さに正直言ってびっくりしました。最初に話した時も、「先生づけはしません」と私が言ったんですね。

私は弁護士で、弁護士も先生と呼ばれることが多いと思うんですけど、事務所の中で私も「紀藤さん」と先生づけで呼ばないように指導しているぐらいで、国会議員の方々も先生と呼ぶのはできるだけ避けているんです。先生づけというのは、それ自体が言葉としての権威を持つのでよくないと思って、石井さんにも最初の出会いから、「石井さんと呼ばせてください」と言ったら、全然フレンドリーで、すばらしい政治家でした。

その石井さんが2002年、出会ってからたった7年後に刺殺されるという事件が起こりました。もし彼が生きていて、今でも現役の政治家として活動していたら、果たして今のこの政治状況があるのかなと思うと非常に残念で、悔やんでも悔やみきれません。ですがこの度、泉さんにこういう形で本にしていただいて、石井紘基さんの遺志は今に生きているのだなと感じています。

そしてまた統一教会の問題も、オウム真理教事件もそうですが、20年たっても、ほとんど法制は変わっていないと思っています。表面的な対策は取りましたよ。だけど、基本的に国としての枠組みみたいな法律は、全く出来ていない状況で今に至っているんです。
それが非常に残念で、ロフトプラスワンにお呼びいただいた時、石井さんのためにちゃんと話さないといけない、私がふだん考えていることをお話ししようと思って、今日は来ました。

泉 紀藤弁護士と石井先生は本当にすごかったです。改めてお伝えしますけど、「言うは易く、行なうは難し」です。当時からオウム真理教や統一教会相手に、ことごとく体を張っていたんですよ。紀藤先生は今も体を張っていて、言うは易きだけど、本当に実行できる人ってほとんどいないんです。だから、先にお詫びします。私は石井さんの遺志を継ごうと思い、被害者救済の面では継いだ意識はありますけど、不正追及や、国家の闇に切り込んでいけるかというと、そこは正直なところ悩ましい。

紀藤弁護士は弁護士になった頃から筋を通してやってきているし、それをやった政治家って石井紘基さんぐらいですよ。そういう意味では、今日この場に紀藤弁護士と一緒にいられることを本当にうれしく思います。



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