佐藤優氏が喝破する「陰謀論」の真実:国家の深層と緊急時の意思決定

インターネット上には「政府を裏で操る秘密組織が存在する」「国家がワクチンで遺伝子操作を企てている」といった様々な言説が溢れており、これらは一括りに「陰謀論」として片付けられがちです。しかし、インテリジェンスの専門家であり元外務省主任分析官の佐藤優氏は、その狭間に埋もれた「真実」を見過ごしてはならないと警鐘を鳴らしています。私たちは、荒唐無稽な陰謀論の陰に隠された、国家レベルの真の陰謀をどのように見極めるべきでしょうか。

日常と国家に潜む「陰謀」の構図

佐藤氏は、陰謀を過度に恐ろしいものと捉える必要はないと指摘します。なぜなら、陰謀は私たちの社会のあらゆる場所で日常的に動いているものだからです。学校の生徒間の小さな確執から、国家を動かすような大規模なものまで、基本的な構図は共通しています。例えば、ウクライナ戦争を巡る米ロ間の利権争いや、外交交渉における機密情報の漏洩なども、その範疇に含めることができます。

こうした陰謀には、政治家や官僚ではない助言者やシナリオライターが関与することが多く、また重要なのは、陰謀の計画と現実の結果は必ずしも「線形」の関係にはないという点です。現実世界は複雑であり、陰謀は計画通りに進むとは限りません。

社会のあらゆる場所で蠢く陰謀のイメージ社会のあらゆる場所で蠢く陰謀のイメージ

荒唐無稽な言説の裏に潜む真実

複雑な現象をあえて単純化し、一直線の因果関係で説明しようとするのが、いわゆる「荒唐無稽なタイプの陰謀論」の特徴です。例えば、「安倍晋三元首相を殺害したのは秘密警察だった」といった線形な言説は、証拠に照らせば稚拙ですが、現状に不満を抱く人々の心には響きやすいものです。

また、「商売として仕組まれた陰謀論」も存在します。英国の作家デイビッド・アイクによる「ホワイトハウスで政治を操っているのは宇宙から来たレプティリアン(爬虫類人間)である」といった言説は、人々の不安を刺激してベストセラーとなった小説であり、現実の陰謀とはかけ離れた「ビジネスエセ陰謀論」と呼べるでしょう。

しかし、日本におけるディープステートの存在といった直視すべき現実が、このような空想的な物語とひと括りにされ、知識人の間で「陰謀論の全否定」として片付けられてしまうことは稀ではありません。佐藤氏は、こうした全否定を最も喜んでいるのは、水面下で陰謀を企てる統治エリート層に他ならないと述べます。なぜなら、それが国家の陰謀を覆い隠す格好のカムフラージュとなるからです。

緊急事態における国家の陰謀の増加

国家の政策立案において、政権が私的ネットワークから政治家や官僚ではない人間を招き入れることはありますが、これらは民主的統制の手続きを欠いています。もしルール違反が明るみに出れば、当事者はペナルティを受けるリスクがあるため、「ディープステートなど存在しない」と世間に認識されている方が都合が良いのです。

実際のところ、国家による陰謀は増加傾向にあります。特にコロナ禍以降、統治エリート層は政策決定に時間をかけると国民の生命・身体・財産を守れない局面が増え、意思決定の手続きをショートカットする必要に迫られました。官僚機構のボトムアップによる政策形成や国会の審議プロセスが硬直化している中で、情勢が刻々と動く緊急事態に対応するためには、非公式なつながりに基づくディープステートによる陰謀が必要とされる場面が増えているのです。

インテリジェンスのプロである佐藤優氏が指摘するように、「でたらめの陰謀論」こそが「真の陰謀」を覆い隠す役割を果たします。混乱する世界を読み解くためには、安易な全否定に陥らず、その狭間に潜む真実を見極める視点が不可欠と言えるでしょう。

参考文献