TSMC(台湾積体電路製造)を世界的な半導体ファウンドリー企業へと導いた、創業者 張忠謀(モリス・チャン)氏のリーダーシップと戦略を紐解きます。40nmプロセスの歩留まり問題、Appleとの提携など、数々の困難を乗り越え、今日のTSMCの礎を築いた氏の軌跡に迫ります。
40nmプロセスの危機と逆転劇
78歳でCEOに復帰した張忠謀氏は、まず技術専門家を重視しました。100人ほどの投資家が集まる業績発表会で、40nmプロセスの歩留まり問題への懸念が高まる中、張氏は生産ライン責任者である劉徳音氏をオンラインで繋ぎ、詳細な技術説明を行いました。この迅速かつ誠実な対応により、社内外に広がる不安を払拭することに成功しました。さらに、前任CEOによる800人の解雇計画を撤回し、「顧客との協力維持」「解雇なし」「研究開発投資の増額」という「不況3原則」を掲げ、研究開発予算を売上高の5%から8%に引き上げました。引退した蒋尚義氏を研究開発のトップに招聘するなど、積極的な投資で技術革新を推進しました。
40nmプロセス製造ラインのイメージ
NVIDIAとの強い絆:ピザと交渉の夜
40nmプロセス問題で被害を受けた顧客の中には、NVIDIAも含まれていました。張氏は、NVIDIAのCEO ジェンスン・フアン氏の自宅を訪問し、家族との夕食を共にした後、書斎で2人きりの交渉を行いました。「TSMCの補償案を受け入れるか48時間以内に答えなさい」という最終通告に対し、フアンCEOは応じ、1年間続いた対立は劇的な終結を迎えました。この背景には、ファウンドリー企業から相手にされなかった創業期のNVIDIAに、張氏が直接電話をかけて取引を開始した1997年からの強い信頼関係があったのです。自叙伝では、2013年にフアンCEOにTSMCの後任CEO就任を打診したエピソードも明かされています。
張忠謀氏とジェンスン・フアン氏の握手のイメージ
Appleとの蜜月:4年間の周到な準備
現在のTSMCを築き上げた立役者は、Appleと言えるでしょう。TSMCの知名度向上にNVIDIAが貢献した一方で、最大の顧客はAppleでした。張氏は2007年からAppleを潜在顧客として注目し、半導体集約型のスマートフォン市場の動向を注視していました。Appleがロジックチップ設計のためSamsungを訪ねたという情報や、Samsungがスマートフォン事業に参入するという情報を入手した張氏は、「自分がスティーブ・ジョブズならSamsungとの関係を継続できない」と確信し、Appleへの営業活動を強化しました。
iPhoneのイメージ
この時、橋渡し役となったのは、妻のいとこであるFoxconn創業者の郭台銘氏でした。AppleのCOO ジェフ・ウィリアムズ氏が張氏の自宅を訪れ、夕食を共にしたことがきっかけとなり、両社のファウンドリー取引協議が始まりました。Intelとの取引も検討されたようですが、2011年にAppleのCEO ティム・クック氏が張氏との昼食会で「Intelは委託製造が不得意だ」と発言したとされています。2014年にiPhone 6s用チップをSamsungとTSMCから調達したAppleは、現在では全量をTSMCに委託しています。
張忠謀氏の先見性:TSMCの未来
張忠謀氏のリーダーシップ、技術へのこだわり、そして顧客との強い信頼関係が、TSMCを世界的な企業へと成長させました。40nmプロセスの危機を乗り越え、Appleとの戦略的な提携を成功させた氏の先見性は、今後のTSMCの更なる発展を予感させます。