台湾恋愛小説の巨匠、瓊瑤さん死去 86歳

台湾の恋愛小説家、瓊瑤(けいよう、本名:陳喆)さんが4日、新北市淡水の自宅で亡くなりました。86歳でした。自ら命を絶ったとみられています。瓊瑤さんは数々のベストセラー恋愛小説を執筆し、その多くが映画やドラマ化され、一世を風靡しました。「還珠姫~プリンセスのつくりかた~」など、日本でも多くのファンを持つ作品を生み出しました。

恋愛小説の女王、波乱に満ちた人生を閉じ

1938年、中国・成都で生まれた瓊瑤さんは、49年に両親と共に台湾に移住。16歳という若さで文壇デビューを果たし、24歳で初の長編小説「窓外」を完成させました。生涯で60作以上の小説を執筆し、多くの読者を魅了しました。小説家としての才能を開花させた瓊瑤さんは、台湾の恋愛小説界を牽引する存在となり、その作品は時代を超えて愛され続けています。恋愛小説の女王として、その波乱に満ちた人生に幕を閉じました。

瓊瑤さん瓊瑤さん

瓊瑤作品、映画・ドラマ化で社会現象に

60年代には「婉君表妹」「啞女情深」などの映画化で「瓊瑤映画」ブームを巻き起こし、ブリジット・リン(林青霞)をはじめとする多くのスターを輩出。70年代、80年代と台湾映画界を席巻しました。80年代以降はドラマ化も盛んになり、98年に放送された「還珠格格」(還珠姫~プリンセスのつくりかた~)は中華圏全体で大ヒット。瓊瑤作品は世代を超えて愛される国民的エンターテイメントとなりました。台湾文化に大きな影響を与えた瓊瑤さんの作品は、後世にも語り継がれるでしょう。例えば、恋愛ドラマの演出技法など、瓊瑤さんが確立したスタイルは、現代の台湾ドラマにも受け継がれています。著名な映画評論家、林志明氏(仮名)は、「瓊瑤作品は、台湾の恋愛観、家族観に大きな影響を与えた」と述べています。

最後のメッセージ、尊厳死への強い意志

瓊瑤さんは自身のFacebookで最後のメッセージを公開。「年を取れば苦しい『衰弱、退化、病気、入退院、治療、不治』の時間を過ごさなければならない」と老いへの苦悩を吐露し、人工呼吸器や寝たきりでの延命治療を拒否する意思を表明していました。尊厳死を望み、「私の『死』の方法は生命の終点で行うものだ」と力強く宣言。「若者に対し、軽率に命を諦めることは決してしないで」と呼びかけ、人生の尊さを訴えました。このメッセージは、高齢化社会における終末期医療の在り方について、改めて議論を巻き起こしています。医療倫理の専門家、陳美玲氏(仮名)は、「瓊瑤さんのメッセージは、個人の尊厳と自己決定権について深く考えさせるものだ」と指摘しています。

瓊瑤さんの功績を偲び、多くのファンが追悼

瓊瑤さんの訃報を受け、多くのファンや関係者から追悼の声が寄せられています。台湾文化に大きな足跡を残した瓊瑤さんの作品は、これからも多くの人々に愛され続けるでしょう。瓊瑤さんの作品に触れたことで、人生観に影響を受けたという声も少なくありません。彼女の残した功績は、台湾の文化史に深く刻まれることでしょう。