幕末維新史研究の第一人者として知られる家近良樹・大阪経済大学特別招聘(しょうへい)教授。本項の締めくくりとして「江戸無血開城」を主導した西郷隆盛や勝海舟、徳川慶喜らに対する忌憚のない人物評を語ってもらった。(編集委員 関厚夫)
西郷の余韻 大久保の非常識
「西郷の魅力は第一に分かりがたいところでしょうか。そこが坂本龍馬とのちがいで、龍馬にはすっきりとした魅力があります。個人的には、年を重ねるごとに、すっきりとしないものに歴史家として魅力を感じるようになりました。
西郷の別の魅力として、彼が後世に残した馥郁(ふくいく)たる『余韻』を挙げたいと思います。もうかなり長きにわたって歴史を研究し続けていますが、人間が醸し出す余韻や味わい、薫りを考えた場合、西郷以上の存在はいないように思います。
西郷はまた、情の人間でした。ただ、情に流されるがゆえに革命家として中途半端なところがありました。明治維新は、西郷が非情な大久保利通と組んだから成就できたのです。最近、『リーダーのあり方』をテーマに講演の話をいただくことがあります。そのさい、幕末維新期の大久保と西郷を実例として挙げながら、『ちがうものを持っている2人のリーダーを組み合わせることによって大きなことができるはず』と問題提起しています。
大久保は、情や人望はないかもしれないが、途方もない突破力がありました。慶応3(1867)年師走の王政復古の大号令のさいには、大政奉還を実現した功労者の慶喜を排除し、『辞官納地』として旧幕府だけに犠牲を強いました。それを主導したのが大久保です。また彼は目的を完遂するためには自分のことを嫌っている人物にも平気で会いに行くことができました。これらの非常識さは大久保という偉人の特徴であり、すごみだと思います。
別のたとえで言えば大久保は、勉強すればわかる人間です。西郷は勉強しても分からない人間です。その中間が慶喜-といったところでしょうか」