「ドーン」という音が響き、繁華街の夜空に炎が立ち上った。昨年12月、札幌市の不動産仲介店で発生した爆発事故に巻き込まれ、打撲や切り傷を負いながらも負傷者を救護した。「看護師として、日頃していることをした」と振り返る。
事故は大量の消臭スプレーを噴射したのが原因とされ、隣の居酒屋の客ら50人以上が負傷した。自身は居酒屋の2階で、約10年前に母校の自衛隊中央病院高等看護学院(東京、平成28年閉校)で教官として担当した教え子たちと一緒にいた。
逃げ道を失った客が窓側に押し寄せ、その重みで床が崩れ落ちた。滑り落ちるように投げ出されて命拾いし、脚から出血していた女性の手当てをした。
多量の出血は命にかかわる。脚の付け根を縛り、出血箇所を圧迫して止血。ショックを起こしていないかを確認するため、脈を取った。「脈拍が弱まり、道具もなく、元気づけるしかないと声を掛け続けた」
札幌育ち。結婚後は東京で勤務していたが、昨年3月に家族を残して自衛隊札幌病院准看護学院(真(ま)駒(こま)内(ない)駐屯地)に赴任し、教育に関わっている。東京の母校で教えた学生が、今は自衛隊の看護師となり、爆発現場で自発的に動いてくれた。
「災害現場で自衛官が安心して働けるよう、救護班も必ず派遣される。子供に誇れる仕事だと思う」
自身の子には、「国のために働いているから、あなたはあなたで頑張って」と伝えているという。
(寺田理恵、写真も)
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